第4話 二匹のハムスター

あれからさらに一週間が過ぎた。

今日はアヤカ達のライブ当日だ。


直接見に行くことが出来ないのは歯痒かったが、私はメンバーの三人に応援のメールを送る。


アヤカと仲直りしてから、私達バンドメンバー間のやりとりは以前の雰囲気に戻っていた。

私のメールに対しても、全員から気合の入った返信が返ってきて安心する。



私は事務所に行くまでの時間、家で暇を潰していた。

自分の部屋でソファーにうずくまり、唸り声を上げている。


実を言うと、私はアヤカとのわだかまりが解消された後も、日々を悶々とした気持ちで過ごしていた。

一番の悩みの種が無くなったというのに、こんな気持ちが続くのはどうしてなのか。

私にはそれが分からず困っていた。


「うーん。うーん」


苦しむ様に声を上げて、私は仰向けとうつ伏せを繰り返す。


どうしてこんなにスッキリしないのだろう。

アヤカ達のライブで、新曲の初披露を見れないからだろうか。

だとしたら、前もって軽音部に出向いて、練習の名目で演奏を見せてもらえばよかった。



苦しんでいる私を、部屋に入って来た姉が見つけて声をかけてくる。


「何唸ってるのよ。鬱陶しいんだけど」


「お姉ちゃん。私は「悩める思春期女子高生」なんだから、もっと丁重に扱ってよ」


「はいはい、それじゃあ、ニノンはいったい何に悩んでいるのかしら。「悩める大人社会人」のお姉ちゃんが相談に乗ってあげるわよー」


そういって姉は、絨毯じゅうたんの敷いてある床に座り込むと、置き机の上にあるお菓子に手を伸ばした。


「私、何に悩んでるんだろう」


「はぁ? そんなの私が分かるわけないいでしょうが」


「だよねぇ・・・」


私はクッションに顔を埋めると、深いため息を吐いた。


「メジャーデビューに関すること? ニノンは小心者だから、びびってるんじゃない?」


姉は心配そうな視線を私に送りながらも、手に取ったお菓子を、音を立てて頬張り始める。


「そうなのかなぁ・・・。そうなのかも」


「・・・ニノン、アヤカちゃんと喧嘩した?」


「えっ、何でっ!?」


姉の質問にどきりとした私は、埋まっていたクッションから顔を上げた。


「なんでもなにも・・・。いつだってニノンが真面目に悩むのは、アヤカちゃんと喧嘩した時だけだったじゃない」


何言ってんのよ、とでも言いたげな顔をする姉は、お菓子の頬張り過ぎでハムスターみたいになっていた。


「そんなことないもん、私はもっとデリケートだもん」


不服そうにしかめっ面をする私は、姉に対抗するかのように頬を膨らませた。


「で、喧嘩したの?」


「・・・してたけど、仲直りしたもん」


「ふーん」


姉は私の反応をみて、いぶかし気な表情を見せる。


「本当に、満足できる仲直りだったの?」


「・・・どういう意味?」


「仲直りにだって、色々あるのよ。男の子みたいに、殴り合いをして仲良くなるパターンもあるし。お互いに言いたいことを言い合って、ひどい罵倒のし合いで初めて分かり合えるなんてこともある」


「ちゃんと仲直りしたもん。さっきだって、メールのやりとりしたし・・・」


「一番ためにならない仲直りってなんだかわかる?」


「なによ」


「それはね。表面上だけ取り繕った仲直りよ」


真面目な顔でそう言った姉は、お菓子の続きに手を伸ばす。


「本当に思っていることを伝えないで、でも形だけは元通りに直しちゃう。そういうのって、立場上仕方がないとか、相手の事を思ってって場合もあるけど。問題の根本的な解決にはなってないの」


「・・・難しい話だね。でも私、別にあやかに言いたい文句なんてないし」


「だけどモヤモヤしたままなんでしょ?」


「だからっ、別にアヤカとのことでもやもやしてるんじゃないってば」


私は少し声を荒げる。


「アヤカちゃんはどうなの?」


「え?」


「アヤカちゃんの本当の気持ちはちゃんと聞けたの? なんで喧嘩したのか私は知らないけどさ。あんたが悩むのなんて、本当にアヤカちゃんのことばっかりなんだから。お姉ちゃんにはわかります」


「アヤカの気持ちは、ちゃんと聞いたよ・・・」


応援してるって言っていた。

これからも親友だって言っていた。

私はその言葉を聞いて嬉しかったのだから、問題なんてないはずだ。


困った顔をする私を見て、姉はくすりと笑った。


「じゃあ、アヤカちゃんから聞いた言葉に、ニノンが満足できなかったんじゃない?」


「満足・・・?」


「そう。ニノンが本当に聞きたかった言葉を、アヤカちゃんが言ってくれなかった。もしくは、言っていないと感じている・・・とかね」


そう言われて、私はアヤカとの出来事を思い返す。


アヤカが私に対して冷たい態度を取る様になって、仲直りするまでは、どうしたらいいのかわからなくなっていた。

そんな風にされるのが辛くてたまらなくて、不満があるなら言って欲しいと思っていた。


結果、蓋を開ければ、アヤカは怒っていた訳では無く素直になれなかったという。


彼女らしくも無いその言動に、戸惑いを感じつつ、可愛らしさも感じた。

それは私が今までに感じたことのない違和感だったのかもしれない。


「そうなのかなぁ・・・」


眉をひそめる私に、姉は優しく言葉をかける。


「もう一度、アヤカちゃんと話をしてみたら?」


「・・・うん。明日、聞いてみようかな」


私は静かに口からそう漏らした。


そうして姉に人生相談をしている間に時間は過ぎ、気が付けば家を出ないといけない時間になっていた。


それに気が付いた私は、急いで支度を整える。


「やばいやばい、事務所行かないと! ・・・話聞いてくれて、ありがとね。お姉ちゃん」


言って私は部屋を出る。


「・・・若いって、いいなぁ〜」


私の居なくなった部屋で、姉は一人、しみじみと呟くのだった。

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