第3話 しおらしい告白
一週間が過ぎた。
相変わらずアヤカは口を聞いてくれない。
私が作曲に手を加えたことに関しても、一切の反応を示してくれなかった。
新曲の調整に手を貸して欲しいと頼まれて、ここ最近はメグミやリョウコと頻繁に顔を合わせている。
疎遠になりつつあった二人と過ごす時間は、やっぱり楽しかった。
メグミの話では、アヤカは新曲の練習には顔を出しているらしい。
演奏の調整も上手くいっていて、一週間しか経っていないにも関わらず、かなり仕上がっているそうだ。
放課後はあまり時間が作れず、私は残念ながら練習に参加出来なかった。
アヤカとの関係がこじれたままなのも、部活に顔を出せない要因の一つである。
メグミに、アヤカが私について何か言っていたかと聞くと、彼女は答えをはぐらかすのだった。
そんなある日の事。
新曲の調整が完了した次の日だった。
教室で目の前の席に大きな音を立てて座ったアヤカは、めずらしく私の方へ体を向けていた。
「オイ」
アヤカは、えげつないほどに睨みを利かせた表情で私を見ている。
少しハスキーがかった声は、一言で私を縮み上がらせた。
「お前さぁ・・・」
「は、はい・・・なんでしょう」
私は思わず敬語になってしまう。
「あの新曲の事だけど・・・」
そこまで言って、アヤカは悔しそうに奥歯を噛み締める。
歯ぎしりの音が今にも聞こえてきそうだった。
やっぱりアヤカは怒っていたのだろうか。
私が軽音楽部に関わったことを。
私は怒鳴られるかもしれないと思って、心の準備を整えてから身構える。
アヤカは突然、私の机を片手で叩いた。
物理的にアクションをとってくるとは予想していなかったので、私は驚いで小さな悲鳴をあげてしまう。
「・・・いい曲だよ。やっぱりあたし達にピッタリな音作るよな。お前は」
「・・・へ?」
思わず私の口から間抜けな声が出た。
「あたし、お前の作る音楽が好きだよ。曲だけじゃなくて、お前のことも好きだけど・・・」
アヤカは、急にしおらしくなって視線を落とす。
落ち着かなさそうに、両手でスカートの裾を直してた。
突然そんな風に告白された私は、思わず顔が赤くなるのを感じた。
「きゅ、急にそんなこと言い出して、なによ・・・」
「謝りたいんだよ・・・今まで素っ気ない態度取ってて、悪かったなって・・・」
アヤカはとてもぎこちない話し方になっていた。
言葉を選んでいる様だったが、彼女の持っている強気な態度は隠せていなかった。
「別にそんな・・・」
「あたしはっ・・・!」
話そうとした私を、アヤカは言葉で遮る。
その顔は、何か吐き出したいものがあるのに、必死にこらえているといったものだった。
「・・・おめでとうって言おうと思ったんだけど、なんか悔しくてさ」
「アヤカ・・・」
「素直になれなくて、あんたを突き放したんだ・・・でも、ちゃんと言うよ、あたしの気持ち」
アヤカは大きく息を吸う。
「・・・頑張れニノン。あたしはずっと応援してるから」
そう言ったアヤカは、鋭い目つきに精一杯の優しさを込めて笑った。
右手を私の頭にそっと添えると、ポンポンと撫でてくれる。
「アヤカ・・・ありがとう・・・」
私は泣いてしまいそうになる。
アヤカの言葉で、離れてしまいそうだった彼女との心の距離が、一気に縮まった気がした。
ぐずりそうになっている私を見て、アヤカは気まずそうな顔をらしながら話を変える。
「あんたの作ってくれた新曲なんだけど、実はみっちり練習しててさ。来週末に、いつものライブハウスでお披露目しようと思ってるんだ!」
「ええっ、早くない!?」
「大丈夫、あんたに見せても恥ずかしくない様に、しっかり練習するからさ。だから、ニノンも見に来てくれるよな」
「もちろんいく・・・あっ」
言いかけて私は思い出す。
来週の放課後は、事務所の用事で予定が空いていなかった。
「ごめん・・・その日は事務所に行かなくちゃだめで・・・」
私は表情を暗くして俯く。
それを見たアヤカは、慌てふためいていた。
「あー、そっか。・・・それならしょうがないよな・・・」
バツが悪そうに言葉を濁すアヤカに、私はとても申し訳ない気持ちになる。
俯い暗い影を落とす私の顔をみて、アヤカは笑い声をあげた。
「そんな世界が終わるみたいな顔すんなよ! 別に、見てもらう機会は他にもあるじゃんか!」
「うん・・・ごめんね」
鼻をすする私を見て、アヤカは席を立つ。
この微妙な空気に耐えられなくなったのだろうか。
「んじゃ、私は部活いくわ」
アヤカは踵を返し、背中を見せた。
「あたし達、これからもずっと親友だよな」
「何恥ずかしいこと言ってんの。・・・そんなの、あたりまえじゃん!」
思わず笑う私に、安心したようにアヤカは深呼吸して、その場を後にする。
「たまには軽音楽部に顔を出せよ!」
後ろ姿でそう言ったアヤカも、鼻をすすっていた。
そのまま足早に教室を出て行ってしまう。
きっと泣いているのを隠すために、化粧室にいったに違いない。
「よかった・・・」
私は一人でそう口に漏らす。
私の中で淀んでいたものが、透き通っていくのを感じる。
今はまだもやもやした気持ちも少し残っていた。
でもきっと、それも次第に晴れていくのだろう。
全てがいい方向に向って行ってる。
私は、私のできることを精一杯頑張って、その姿をアヤカに見てもらいたいと強く思ったのだった。
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