第2話 電子音の猫は鳴く
学校が終わり、家に帰った私の元へ一本の電話が来た。
「はい、はい、わかりました」
相手は事務所のプロデューサーだ。
「再来週ですね。必ず予定を空けておきます」
そう言って電話を切る。
話の内容は、デビュー後の方針に関する戦略会議をするとのことだった。
それと同時に、まだ会ったことのない事務所の社長に私を紹介してくれるらしい。
未だに実感がわかない。
自分の部屋に置いてある縦長の鏡の前に、私は立つ。
短いツインテールにして、両脇に纏めた黒髪を軽く揺らしてみる。
目にかかるくらいの前髪には、微かに
サイズが大きくてだぼだぼのTシャツには、リアルに描かれたドクロのイラストが描かれていた。
めちゃくちゃカッコイイ…。
黒いジャケットを羽織り、鏡の前で色々なポーズを取ってみる。
「はぁ、目つき悪いなぁ…」
私は鏡に顔を近づけると、気になっている目元の皮膚を指で伸ばしてみる。
「こんな私がメジャーデビューか…。しかもソロなんて…、本当に大丈夫かなぁ…」
事務所のプロデューサーさんは、「君には光るものがある!」と言ってくれていたが、正直不安でいっぱいだった。
「私もアヤカみたいに背が大きければなぁ…
」
私の身長は147センチ。
控えめに言ってもチビだ。
親友のアヤカは、私とは対称的に高身長だ。
二人で並んで立つと20センチくらいの差がある。
いつも一緒に居たが、周りからは大人が子供を虐めていると勘違いされることが多かった。
〔ニャーン〕
不意に、私のパソコンが鳴き声を上げる。
軽音楽部のメンバーとデータを共有しているソフトの音だ。
新着メッセージの着信音を、私は大好きな猫の鳴き声にしていた。
椅子に座って机に向かうと、私はパソコンの画面を確認する。
めぐみ:アヤカが今日、書いてくれた歌詞なんだけど…作曲完了しました!!!!
チャット欄には、メグミからのメッセージが書かれていた。
彼女はいつも元気な女の子。
どこか抜けているところがあるが、面倒見が良く、バンドのお母さん的存在だ。
続けざまに猫の鳴き声が鳴り、別のコメントが書き込まれる。
りょうこ:おお、どんな曲?はやく聴かせたまえ
リョウコがメグミのメッセージに、いち早く反応する。
彼女は少しクセの強いところがあり、思った事をストレートに口にするタイプ。
ポーカーフェイスなマスコットキャラ。
私よりも背が低く、ちっちゃくてカワイイ。
少ししてから、再び猫が鳴く。
あやか:仕事はやくね?キモイんですけど
アヤカは…、不良、
…でも私の親友。
めぐみ:作曲したのはいいんだけど・・・
めぐみ:なんかイマイチなんだよねぇ・・・
めぐみ:やっぱニノンちゃんみたいに上手くはいかないや・・・(涙)
めぐみ:と、いうわけで。曲投げておくから、もし見てたらニノンちゃん助けて!!
そのコメントの後に、音楽ファイルがアップロードされた。
続けて、歌詞の書かれたテキストファイルをメグミが張り付ける。
あやか:おい私の歌詞までのせるんじゃねえよ
りょうこ:聴いてから、すぐ感想書くよ
私はパソコンに繋がれたヘッドホンを装着する。
メグミのアップロードした曲を流し始めて、それと一緒にアヤカの書いた歌詞を開く。
「ぷぷ、何この曲名」
テキストファイルの頭に、狂犬インデーズというチープな曲名が書いてあった。
それを見て思わず笑ってしまう。
名前のことは置いておいて、私は集中して曲を聞いた。
ボーカルラインに合わせて、アヤカの歌詞を読む。
「うーん。ふんふん、なるほどね・・・」
曲を最後まで聞き終わり、私は唸り声を上げた。
元々メグミが作曲できるのは知っていたが、彼女が作る曲はどちらかというとポップな曲調のものを得意としている。
しかし、私達のバンドは基本的にロック調な音楽を主体にしていた。
だからバンドで使う曲のほとんどは私が作曲していたのだ。
おそらくメグミは、私の曲調を意識して今回の作曲を行ったのだろう。
この曲もロック調のものに仕上がっている。
しかし、いまいち乗り切れていない感じがした。
「それにしても、この歌詞・・・」
私はもう一度、アヤカの書いた歌詞を見直す。
「この内容は、やっぱり私への当てつけなのかなぁ・・・」
歌詞の中身は、[飼わないで]とか、[縛られたくない]みたいな内容だった。
ロックと相性がよさそうな出来だったが、その内容に私は何かメッセージじみたものを感じてしまう。
私は改めて共有ソフトを確認する。
曲と歌詞を確認している間に、新しいチャットが書き込まれていた。
りょうこ:いい曲だと思うよ。こんなに早く作曲できるなんてスゴイと思う!
あやか:いいじゃん。私は好きだよ、メグミの曲。てかニノンに頼ってんじゃねーよ
めぐみ:二人とも、ありがとー!
めぐみ:でもなんだかパンチが足りない気がするんだよね
めぐみ:頼む! ニノンちゃん降臨せよー!
りょうこ:確かにニノンが手を加えたら化けそうな曲
りょうこ:でも、ニノンも色々忙しいんじゃない?
めぐみ:え~
めぐみ:アドバイスだけでもいいから欲しいよー(涙)
みんなのやり取りを見ていて、私はなんだかほっこりとする。
軽音部に顔を出さなくなってから、そんなに時間は経っていない。
それでも、すごく久しぶりにみんなと会ったような、そんな気持ちにさせられる。
アヤカのコメントを見ていると、私に対して
「うーん・・・」
アヤカの件があるので、私が出しゃばるのはあまりよくないのだろうと思う。
それでも私は、パソコン上の音楽作成ソフトを立ち上げると、そこにメグミの曲を読み込んだ。
「ここはもっとこうした方がいい気がする・・・。しゃくりを入れて、ここはシャウトかなぁ・・・」
あまり気が進まなかったはずなのに、私の手が止まることは無かった。
めぐみの曲を聴いて、私の創作意欲が掻き立てられてしまい、それをアウトプットしたい気持ちを押さえられなかった。
そうして作曲作業を始めたら、あっという間に数時間が過ぎていた。
時計を確認して驚いたが、それだけ集中できるほど、やはり私は音楽が好きなのだ。
「よし、アップロード完了!」
共有ソフトに、音楽ファイルを張り付ける。
それと一緒に、コメントを書く。
にのん:こんなん出来ました
結構時間が経ってしまったが、みんな確認してくれるだろうか。
そもそも、私が手を加えたからといって、必ずしも良いものになるとは限らなかった。
なんの反応も無いチャット欄を眺めていると、そわそわとして不安にかられてしまう。
数分後、猫の鳴き声と共に新しいコメントが現れる。
めぐみ:キャー!! すごく良いよ!! 素敵!!!!
りょうこ:本当にいい感じの曲。神が降臨なさった(笑)
りょうこ:これにより、メグミのメンツは丸つぶれ。彼女の精神は崩壊する!
めぐみ:そんなわけないでしょ(笑)
めぐみ:やっぱり、ニノンちゃんは才能あるよ!
めぐみ:相談してみてよかった! 超大満足!!
「よかった。私まだ、みんなのメンバーでいられた気がする・・・」
二人のコメントを見て、ほっと胸をなでおろす。
それと同時に達成感がこみ上げてくる。
チャット欄で喜んでくれている二人を見ていると、ふとアヤカのことが気になった。
たまたま見ていないだけかもしれないが、一切反応が無い。
「アヤカ、怒ったかな・・・」
私はそれが気になってしまい、あやかが現れるのではないかとパソコンと睨めっこをしながら、その日の残りを過ごすことになった。
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