狂犬インディーズ

雨宮羽音

第1話 アメちゃんたべる?

私、奏弍音かなで にのんは悩みを抱えていた。


「う〜〜〜…」


教室の中で、窓際の一番後ろの席に突っ伏した私は、頭を抱えて唸り声を上げる。



高校二年生の私は、軽音楽部に所属している普通(のはず…)の女の子。

ちょっとだけ根暗なことを気にしてはいるが、友達はたくさんいるし、充実した日々を送っていた。


勉強はこれっぽっちも出来ないが、私には大好きな音楽がある。


高校に入ってからは、部活の仲間達とバンドを結成して音をかき鳴らす毎日。

インターネットで曲を投稿したり、近場のライブハウスで演奏したりと、積極的に音楽活動していた。


実は地元では、結構名の知れたインディーズバンドだったりするのだ!



ガラリ。

と、大きめの音をたてて、教室の扉が開かれる。

私は恐る恐る顔を上げて、入り口に立つ人影を確認した。



来た…。

最近の私を悩ませる張本人だ。


ツカツカと足音を鳴らしながらこちらに近づいて来るのは、バンドのメンバーで、親友のアヤカだった。

彼女は金髪に染めた長い髪をなびかせて、肩で風を切って歩く。


アヤカの席は私の一つ前。


彼女は私のことをチラリと一瞥いちべつすると、ムスッとした顔をして黙って席に座る。

わざとらしく、派手な音を立てて。



私は周りの人から、よく目つきが悪いと言われる。

しかし、アヤカはそんな私が可愛く見えるくらいに酷い目つきをしていた。


彼女の切れ長で少し垂れ目気味の瞳は、いつだって獲物を探す猛獣の様に鋭い。

改めて見ても、なんて目つきの悪い女なのだろうと思ってしまう。


友達じゃなかったら、絶対に女番長スケバンか何かだと勘違いしてしまいそうだ。



「お、おはよう。アヤカ」


私はアヤカに声をかける。

だが彼女は何の反応もしてくれない。


…やっぱり怒っているんだ。


「ねえアヤカ、アメちゃんたべる?」


私は黙りこくるアヤカの右横に、後ろからアメの入った袋を差し出した。


アヤカはしばらく反応を示さなかったが、私がそのままの格好でいると、黙って右手で袋から飴を取り出す。


その間、彼女は一切後ろを振り向くことは無かった。



私とアヤカの関係は、小学校からの幼馴染。

彼女は素行が悪くガサツなところが目立つが、根はいいやつなのを私は知っている。


そんなアヤカと私の関係がギクシャクしだしたのは、私にメジャーデビューの話が持ち上がってからだ。


某有名事務所の敏腕プロデューサー(自称)に目をつけられた私は、行き付けのライブハウスで演奏を終えた後、ソロでメジャーデビューをしてみないかと声をかけられたのだった。


あの時は私もバンドのメンバーも、目を点にして驚いていた。


その後、なんやかんやでトントン拍子に話が進んで、私のメジャーデビューが決まった。

突然の出来事に驚きつつも、私は期待に胸を膨らませていたのだった。


しかし、そのかわりにアヤカとの関係に軋轢あつれきが生まれてしまった。


それも当然の事だろう…。

私が高校で音楽をやり始めたキッカケはアヤカだったのだから。


彼女の誘いで潰れかけの軽音楽部に入部することとなった私は、すぐに音楽の世界に夢中になりのめり込んでいった。


そして学年が上がってからは、同級生のアヤカ、メグミ、リョウコ、そして私の4人組だけで仲良く部活動をやっていた。


学校では、「最強仲良し四人組!」として噂された私達だったが、その関係もここ最近で薄れつつある。



私はデビューの一件で忙しくなり、軽音楽部のメンバーと都合が合わないことも増えていた。


顔を合わせる機会が減ってしまった私に、次第にアヤカは冷たい態度をとるようになる。


彼女が醸し出す雰囲気に、私は段々と居心地の悪さを感じるようになり、ますます軽音楽部に顔を出す回数が減っていった。


メグミとリョウコは、私にメジャーデビューの話が持ち上がった事を純粋に喜んでくれている。


しかし、アヤカは違ったようだ。


アヤカに直接文句を言われた訳では無い。

それでも、彼女の態度は明らかに、私に対する当て付けのように思えた。


アヤカとの関係がこのままずっとこじれたままなのは嫌だったが、私はどうすればいいのかわからず、悶々もんもんと困り果てた日々を送っていたのだった。

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