湿っぽい午後16:00、予備校に向かう道を歩いていた。

珀桃

湿っぽい午後16:00、予備校に向かう道を歩いていた。




 

スマートフォンを見るために顔を下げて歩いていた。




 行きたくもない予備校に向かわなければならないこの理不尽な境遇を少しでも良いものにしようと、イヤホンの内側で音楽を再生していた。今日使うかどうかもわからない問題集や参考書で膨らんだリュックを背負っていたから、手を上げるのが辛かった。それもあって首を直角に曲げ、下を向いていた。


 すると脇から、わずか二十センチメートルの距離で何かが通り抜けた。危ない、と思って顔を上げると、私の脇で風を作ったのはボロボロのママチャリで並走している夫婦だと分かった。私の近くの方で走っていたのは女の方だ。彼らの自転車がとても速く見えた。



 実はその夫婦を全く知らない訳ではなかった。高校生になって、通学のルートが変わったので見なくなっていたが、中学生だった頃は二週間に一回くらいのペースで見かけていた夫婦だ。ボロいママチャリに乗っていることからも想像がつくように、あの夫婦は裕福ではない。いつも古くて安そうな服を着ていた。さらに一人の娘がいるようだった。私の3つくらい年下の子だ。私が中学三年生だった頃、うちの中学の生徒ではなかったようだが、子育て相談室(確かそんな名前で、いじめを受けたような心に傷を負った子とその親の行くところ)に来ていたのを校内で見たことがある。かなり酷い家庭環境のように思えた。だが彼らは幸せに暮らしているようだった。


 住む世界が違っていて、価値観も違う。自分があの家族の一員になりたいかと問われればそれは違うと答える。しかし、彼らに対する私の気持ちに最も当てはまるのは「羨ましい」という感情なのだ。










 私が自転車を避けてすぐ、男の方がこちらを振り向いて何かを言った気がしたが、私はイヤホンをしていたので、何も聞こえなかった。気が付くと、二台の自転車は角を曲がり、もう見えなくなっていた。

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湿っぽい午後16:00、予備校に向かう道を歩いていた。 珀桃 @the_apple

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