第13話

「この森は、いつまで続くのですか」

 幾日か過ぎ、アイの歩みはさらに遅くなっていた。

「お聞きになりたいですか」

 アイはうーんと悩んでから、「やっぱりやめておきます」と答えた。

「なぜお聞きにならないのですか。私はアイさんより旅慣れており、有益な情報を差し上げられるかもしれません」

「知っている答えを確かめたいわけではないのです。自分で探すことに意味があるのです」

 ヒラキはずっとアイについてきていたが、何の道案内や手助けもしなければ、邪魔もしなかった。アイが求めれば助けることもやぶさかではなかったが、アイは何も求めなかった。

「自分の行動には、自分で責任を負わなければならない」

 アイは落ち葉を踏みしめながら、自分に言い聞かせるようにそう言った。ヒラキは不思議だった。なぜ道を聞かないのだろう。ヒラキだったら、自分が生き残るために使える物はすべて使う。旅慣れた鳥が一緒なら、近くを見てきてもらったり、食べられそうなものを探してきてもらったりするだろう。それなのに、アイは一切そういうことを頼まない。そういう人間が興味深くて、ヒラキはずっとついてきているのだ。

 ヒラキは耐えかねて、「このままでは命が尽きるのは時間の問題でございます」と宣告した。

 アイは「ヒラキさんはおしゃべりですね」と力なく笑い、痛む足を引きずり続ける。


 その日の夜も、アイは木の根元にうずくまるように倒れた。顔はやつれ、黒く汚れている。

 不意に「私の旅はここまでのようですね」と、アイがか細い声で言った。その言葉はどこか満足げにも聞こえた。

 ヒラキはいつも通り「どうしてそのように思われるのですか」と聞く。するとアイは「このまま歩いても、人の住む所へは着かないのでしょう?」と窪んだ目でヒラキを見た。うっすらと涙が浮かんでいる。それから「ヒラキさんは優しいのね」と微笑んだ。

「人に優しいと評価頂いたのは初めての経験でございます。冷徹とお褒め頂いたことは何度か覚えがございますが」

「私のも褒め言葉よ」と微かに笑う。

 ヒラキはこれまでの会話を思い出して、「私が昼に申し上げた、『このままでは命が尽きるのは時間の問題でございます』という一文によって、この先に集落はないと想像させてしまったのでございますか」と聞いたが、アイはそれには答えず、「世界の広さの一端を知ることができて、光栄でした」とだけ言った。


「……私が力尽きたら、ヒラキさんはどこへ行くの?」

「力尽きなさるのをお待ちせず今夜にも発ち、様々な人間を拝見しに参りたいと存じます」

 アイは一瞬悲しい顔をしたが、すぐに持ち直して「あなたのお友達もきっと会いたがってると思う」と、ヨーゼを持ち出した。

「確かにヨーゼさんにお会いしに参るのも一計でございます。アーグ宰相にも時を置いての再訪を請うて頂いております。しかし、私は次の行き先を明確に定めておりません。目的地というものは今の自分が発想し得る範囲の中からしか選ぶことができないからでございます。私は可能なら今思い付かない場へ参りたいと存じます」

 ヒラキはすぐにでも飛び立とうと思ったが、アイを見て「何か仰りたいという目をしていらっしゃるようにお見受け致します」と、出発を延期した。

 アイは何かを言おうかどうしようか迷っているみたいだったが、ヒラキに促されて「一つわがままを言わせてください」と、真っ直ぐにヒラキを見た。

「何でございましょう」

 ヒラキもアイを見据える。

「もし、もしもヒラキさんが旅の途中でハナに、村の皆に会うことがあったら、私は旅人として無事に旅立ったと、そう伝えてください」

「それは事実をそのままに申し上げればよいということでございますね。承知しました」

 ヒラキは星空へと飛び去った。その翼で枯葉が舞い上がる。アイが思わず目を閉じると、涙が一粒だけ零れた。

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おしゃべりヒラキ 山田(真) @yamadie

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