第11話
ヨーゼが学校に行っている間、ヒラキは町を散策していくつかのことを理解した。まず、町の子どもたちは全員寮で同じ生活をし、全員学校で同じ学習をし、全員が同じ虹織職人を目指している。そしてそのことについて町の人たちは皆誇らしげであるということだ。
「どんな家に生まれても一流になる機会があるの」
「この町では男とか女とかは関係ない。だって職人になるのに男女なんて関係ないだろう?」
そんな言葉を沢山聞いた。もちろん中には「勉強が苦手で、畑をやることにしたよ」とか「うちの卵が一番うまい」とかいう人もいたが、そういう人たちでさえ、子どもが学校に行くことには賛成しているようだった。畑作でも養鶏でも学校で学んだことは役に立つし、当時の友だちが今でも商売仲間だという。
「この町の子どもは囚人のようでございます」
ヒラキがそう言うと、町長のおばさんは「それは違います」と即座に高い声で否定した。
「しかし、皆同じ服を着て、髪型まで同じでございます」
「ヒラキさん、それはね、皆が同じように職人になれるということを表しているのですよ」と、町長は机の向こうから身を乗り出してくる。「生まれによって差別されず、本当に優秀な子を育てるための制度なんです」
町長は長いまつ毛を羽ばたかせてヒラキを見た。
「確かに虹織の精緻さは筆舌に尽くしがたく存じます。しかし――」
町長が得意気に「そうでしょう?」と遮る。執務室も、壁に何枚もの織物がかけられていた。「この町には身分が無いの。努力すれば誰だって何にでもなれる。素敵でしょう?」
ヒラキもそれは素敵だと思った。ただ、それを表明すると町長がますます目を瞬かせるだけだろうと判断して呑み込んだ。その代わり、さっき言わせてもらえなかったことを言う。
「虹織職人を目指すよう仕向けられているのではございませんか」
「おかしなことを言うのね」と町長は丸い目をさらに丸くした。「この町に生まれたからには皆自然と職人を目指すものよ。だって見てごらんなさいな、この美しい色の重なり。交易でも高く売れるんだから」
町長はうっとりと壁を見回してから、何か思い付いたように「そうだ」と言った。「明日、他所から買い付けに来るの。それも今までにないくらい沢山。ヒラキさんも同席していいから。うちの虹織がどれだけ評価されているか、きっと分かると思う」
町長は「じゃあまた明日ね」と言うと、返事も待たずに立ち上がり、部屋を後にした。廊下から「執務室の虹織を見ていっていいからね!」と声だけが聞こえてきた。
その日の夜、寝る前にヨーゼが「ヒラキがずっといてくれたらいいのになぁ」と呟いた。ヒラキは「そのつもりはございません」と正直に返す。
「ねぇどうして? ヒラキはどうしてすぐに行っちゃうの?」
ヨーゼの質問に、ヒラキは「私は縛られたり繋がれたりするのには堪え得ません」とだけ答えた。ヨーゼは「オレはヒラキをつないだりしないよ?」と見上げたが、ヒラキは窓際で黙って丸まっていた。ヒラキは、明日にはこの町を発とうと、密かに決心した。
あくる日もヨーゼは学校へ行く。心配そうな顔をするヨーゼに、ヒラキは「友だちに黙っていなくなる私ではございません」と言って見送った。
ヨーゼが出発して少し待ってから、ヒラキは庁舎を目指して飛び立った。行き先は町長の執務室だ。
商談はすでに終盤だった。事務方が、巻物に次々と目録を書きつけていく。窓辺にヒラキを見つけた町長が「もう町中の虹織を持って行っちゃうつもりみたい。すごいわ!」と興奮して囁いた。一方の買い手は、髭を蓄えた初老の紳士だった。
ひとしきり買い物を終え、紳士はヒラキの存在に気が付いた。
「町長様、その鳥は慰み物ですか。実にいい色だ」
「口を挟んで申し訳ありませんが」とヒラキが割って入る。「私は旅をしておりますヒラキと申します」
「おや、これは失礼した」
紳士は髭をさすりながら謝ると、ユージール王国の宰相アーグと名乗った。
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