第10話

「ヨーゼさんが数学を学ばれることは、虹織職人になられることとどのような関係がおありですか」

「大ありだよ」とヨーゼは大まじめな顔をした。「職人になるには、計算ができなくちゃいけなくて、欲しいとこに決まった色の糸を持ってきて、それできれいな絵を織るのはすっごく難しいんだぜ」

 そんな話をしている内に、ヨーゼは別の大きな建物に入っていく。ヒラキも後に続いた。玄関から階段を上がって長い廊下を進み、扉を開けると、机とベッドがあるだけの簡素な部屋だった。

「ここがオレの部屋」と、ヨーゼは何の変哲もない部屋を客人に紹介した。

 聞くと、この町の子どもは全員が寮に住んでいるらしい。ヨーゼもここから学校に通っている。また、食事から生活用品まで、必要な物はすべて支給されるのだとか。

「寮生活を拒否なさらないのですか」

 ヒラキはヨーゼが囚人に見えたからそう聞いた。

「しないよ!」と、ヨーゼが驚いて見せる。「みんなここにいるし、ここが職人になるための近道なんだ。家に帰って牛を育てるなんて、あきらめた奴らのすることだろ?」

「虹織職人になられる方は大勢いらっしゃるのですか」

「そんなにいないよ。どんどん脱落していくんだ。でも、この町の人はみんな職人になりたいと思ってる。それが最高の仕事だから」

「ヨーゼさんのように将来職人になられることが決まっていらっしゃる方は少ないのですか」

「は? 何言ってんの? さ、ご飯の時間だ!」

 ヒラキは釈然としなかったが、慌ただしく部屋を出るヨーゼを追うことにした。


 天井の高い食堂は、上へ下への大騒ぎだった。色んな年齢の子どもたちが、長机に食事を並べていく。蹴飛ばされないように梁の上から見ていたヒラキは、ヨーゼより年長と思われる子どもを見つけて、隣の椅子に舞い降りた。

「一つの部屋に押し込められて同じ物を召し上がるのはなぜでございますか」

「どこから入ったんだ?」

 少年は訝しげに前後の窓に目をやった。ヨーゼと同じ服、同じ髪型だ。

「ヨーゼさんの知り合いのヒラキと申します。正面玄関からお邪魔しております」

「あぁ、あいつか」と言う顔にある種の納得が浮かんだ。ヨーゼはそういう奴らしい。

「どうして囚人のような生活をなさっているのですか」

 ヒラキは好奇心の強い鳥だ。不思議に思ったことは聞かないと気が済まない。

「失礼な鳥だな」と少年が不機嫌そうに言った。「いいか。僕はこの年まで生き残ってるんだ。優秀だからね。家は貧しい農家だけど、いい職人になる人材はここで全ての面倒を見てもらえる。職人になるための機会は誰にでもあるんだ。だから囚人と言うのは止め給え」

「囚人とは申しておりません。囚人のように自由の無い生活を送られているようにお見受けしたまででございます」

「僕たちは夢を実現するために自らここに来て学んでるんだ。生まれも性別も関係なく、町中の子どもが職人を目指して学ぶ。君の言う自由のある生活がどんなものか知らないが、僕は自由だからここにいるんだ。分かったらその席をどいてくれ給え。僕の友人のための椅子だ」

 ヒラキはまだ聞きたいことがあったが、相手がこれ以上話したがらない頃合いはわきまえているつもりだ。感謝を述べて飛び立つと、律義に正面玄関から外へ出た。


 翌朝、ヒラキはヨーゼの声に振り返った。走って来たのか、息を切らしている。

「もー! どこ行ってたんだよ。探したじゃないか」といきなり怒り気味だ。

「私がいつどこへ参ろうと探して頂く必要はございません」

「は? 友だちがいなくなったら心配するだろ?」

 ヒラキは何も答えられなかった。ヒラキはヨーゼの友だちに昇格していた。

「で、昨日マックスと何しゃべってたの?」

 首を傾げたヒラキに、ヨーゼは「食堂でしゃべってただろ? ちょっと怖い感じの兄ちゃんだよ」と補足した。

 ヒラキが「囚人のようだと申し上げたら反論されました」と言うと、ヨーゼは「最高だよ!」と大笑いした。「マックスにそんなこと言うなんて、ヒラキだけだよ」

 マックスは最上級生として、すでにとある虹織職人に弟子入りすることが決まっているらしい。それはとても名誉なことなんだとか。ヨーゼは「マックスは色んな職人たちが取り合ったらしいぜ。職人は年寄りが多いから、みんな優秀な跡取りが欲しいんだよ」と物知り顔で囁いた。

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