第9話

「私が訪れた、ある町についてお聞かせしましょう。それは、どこまでもなだらかな丘が続く、穏やかな土地でございました。」

 ヒラキは、上空を旋回しながら町を観察した。丘が丸ごと一つの町になったような造りで、中心に向かってなだらかに上っている。丁寧に石を積み上げて木で三角屋根を組み、屋根は木の皮で葺いてあった。

「人間は家屋に手間をかけたがるものでございますが、この町はその傾向が一際強いように存じます」

 ゆっくりと高度を下げていくと、多くの家が、二階から通りに向けて精緻に織り込まれた布を垂らしてたなびかせている。その色鮮やかさと華やかさは、灰色のヒラキに嫉妬を感じさせるほどであった。

 ヒラキは町の中心の広場に降り立った。そこが一番高かったからだ。

「これほど美しい織物は見たことがございません」

 広場は世界中の色をすべて集めたみたいだった。

「すごいだろ?」

 ヒラキは真後ろから聞こえた声に驚いて首を一八〇度回した。

「ニジオリって言うんだ」

 十歳位の男の子が、得意気に立っていた。胸元には綺麗な紋が縫い付けてある。

 ヒラキはこれは好都合と、「誠に、虹よりも艶やかでございます」と褒めた。子どもは好奇心が強く警戒心は弱い。見知らぬ土地でお近付きになるには格好の相手だった。

「アデヤカって何?」

「艶があって美しいということでございます」

「ツヤはねぇよ。でもきれいだろ? オレもいつか一人前のニジオリ職人になるんだ」

「それはもう決まっていることなのでございますか」

「え? そりゃもう決まってるに決まってんだろ? じゃあな!」

 少年は何かを思い出したように走り出し、すぐ前の大きな建物に消えた。

「未来が決まっているとは、彼は予言者でございましょうか」

 ヒラキは小さな予言者が入っていった建物を、二階の窓から覗き見ることにした。


 開きっぱなしの窓から見ると、中には同じ髪型、同じ服装の子どもが十五人と、隅に大人が一人座っている。小さな予言者もいる。皆、手元の黒い板に数字を書きつけているようだった。数字の意味が分からなかったヒラキは、やおら部屋へと舞い降りた。

 翼を広げてゆっくり降りたとはいえ、教室に鳥が現れれば子どもたちは大騒ぎだ。立ち上がったり机の下に逃げたり、室内は一気に騒然となった。唯一落ち着いた表情の大人がおもむろに立ち上がると、机にとまったヒラキに近付いてくる。ヒラキが先手を打つ。

「驚かせたようで申し訳ありません。数字の意味をお伺いしようと参りました。何をなさっていたのですか」

「あ! さっきの鳥だ! オレさっきそいつに会ったよ!」

 小さな予言者が立ち上がってヒラキを指差す。大人が男の子に「お友達ですか」と聞くと、彼は「友だちってわけじゃねーけど、知り合い」と答えた。ヒラキは晴れて預言者の知り合いになった。

「鳥さん、ここは学校で、子どもたちは数学を学んでいます。今は外してもらえますか」

 ヒラキはスーガクって何だろうと思ったが、ぐっと堪えて「お邪魔致しました」と飛び去った。「数字を使って学ぶのであれば、数学でございましょう」


 ヒラキが知り合いの預言者に再会できたのは、真上にいた太陽が真横に来た頃だった。

「預言者さん、お待ちしておりました」

 男の子は真上からの呼びかけに、笑顔で答えた。「おう! また会ったな」

 ヒラキは男の子の横を歩きながら、「数学はとても楽しゅうございました。特に大きな桁同士の掛け算は逸品でございます」と感想を述べた。二階の窓からずっと見ていたヒラキは、三桁の掛け算がひどく気に入っていた。

「オレ、ヨーゼっていうんだ。お前は?」

 男の子はヒラキの声が聞こえなかったかのように名乗る。ヒラキも自分の発言を独り言として処理し、「ヒラキと申します」と返した。

「ふーん。変な名前」

「お褒めに預かり光栄でございます」

「褒めてねーよ」

「名前は個を識別致しますので、変、つまり他者と異なる方が機能的でございます」

「お前って変な鳥だな」

「ありがとうございます」

「今度は何だよ」

「変とは他と違うという意味でございますから、私を無数の鳥の一つとしてではなく、この私という個別の存在としてご認識頂いたということ。それは尊重でございますから、感謝申し上げました」

「まぁ、確かに他の鳥とは違うよ。だいぶね」

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