第7話

 事件はある日突然起きる。そもそも事件はじわじわ起きるものではない、と思う人もいるかもしれないが、事件は全てじわじわ起きるものだ。それがヒラキの持論だった。突然起きたように感じるのは単に事件の予兆や原因が見えていないからであって、どんな事件も因果関係の結果として起きるのだから、事件はある日突然起きる、などということはあり得ない。

 それでも因果関係が見えていない多くの人々にとって、その事件は夕方、突然起きた。


「いいか! よく聞け!」

 太い剣を持ったシュウが、集まった二百余人の村人たちを前にしていた。取り巻きの若者が十人、槍や斧を手に囲んでいる。

 軒先でサク婆さんとおしゃべりしていたヒラキも、騒ぎを聞きつけ近くの木まで見に来ていた。

「今日から、この村は変わる!」

 シュウの目は血走っていた。足元には、手足を縛られたアイが跪いていた。それともう一人、確かリンの家の族長の女だ。

「今日から、一族百人の掟はやめる!」

 ヒラキは群衆の中にハナの姿を認めた。顔は見えなかったが、彼女にとっては朗報のはずだった。

「反対する奴は名乗り出ろ!」

 シュウは剣を高く掲げてから、振り下ろした。名乗り出た者には容赦しないつもりだ。夕陽がシュウの剣を照らしていた。

「反対するわけではございませんが」と大声で言いながら、ヒラキは羽ばたいて自分の居場所を知らせた。念のため、木からは降りずに話す。「一つお伺いしたいことがございます。お二人をどうなさるおつもりですか」

 シュウはヒラキを見つけると、「話があるなら降りて来い!」と叫んだ。

 ヒラキはおしゃべりだが、焼き鳥になるくらいだったら黙っている方がいい。そう判断した。ヒラキが降りて来ないと分かると、シュウは一言「臆病者!」と罵った。ヒラキは臆病な鳥だ。


「足るを知りなさい! シュウ!」と、鋭い声が響いた。縛られたままのアイだ。

「私たちは百人ずつだから平和なのです! その均衡を崩してはいけません!」

 アイは、村人全員に訴えかけているようだった。しかし即座にシュウの取り巻きがその背中を蹴り倒した。人々に動揺が広がる。

「年寄りを見捨てて追放するようなことはもう終わりにしよう! そうだろう、ハナ!」

 シュウが指名したことで、村人の注目が一気にハナに集まる。ハナは何も言えなかった。そこへアイが負けずに「人が増えれば必ず争いが起こります!」と訴える。

「お前は黙ってろ」

 シュウはアイの首元に剣を突きつける。

 ヒラキは村人の気持ちになって考えてみた。シュウに反対すると、自分の命を危険にさらす上、ハナに母との別れを強いることになる。シュウに賛成すると、これまで村のために見送られてきた人々の死が無駄だったと宣言することになる。アイも見殺しになる。何も賛否を表明しなければ、このままシュウが押し切り、シュウの指揮で、新しい村づくりが始まる。多くの村人にとっては、「これまで掟を守ってきた自分たちは正しかったが、今回は武装したシュウに逆らえず、止むを得ず掟の変更を受け入れた。アイの言う通り将来的に争いが起きたとしても、それはシュウのせいで、自分たちは悪くない」という筋書きが、一番受け入れやすいのだろう。

「人間は最高に面白うございます」

 ヒラキは木の上から人々を見下ろしていた。

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