第6話
山道を歩くのは大変だが、翼があれば山二つでも軽々と一飛び。というのは人間の勝手な思い込みだ。ヒラキは息を切らしながら元の村に戻った。ハナが泣いていた辺りで川の水を飲む。
「秘密の村を川の下流にお造りになったのは賢明な判断でございました。上流から人間の生活をうかがわせる物が流れてはすぐに悟られましょうから」
ヒラキはそんなことを思いながら、思う存分水を飲んだ。あんまり飲んだので身体が重く感じられた。小魚に見られているような気がした。
「ごめんください」
ヒラキは昨日と同じように大きな屋根を訪ねた。
「ヒラキさん。お待ちしていました」
若い女族長、ブル族のアイが背を向けて座っていた。意表を突かれたヒラキは「私の来訪を予期されていたのですか」と聞く。
アイは体ごと向き直って、「今日また来てくれると思っていました」と微笑んだ。「上がってください。シュウからはどのような話を聞いたのですか?」と言った。
ヒラキが聞きたいことがあるのと同じように、アイにもヒラキに聞きたいことがあるのだ。しかし、ヒラキはシュウに誓った通り、何も言わなかった。すると、アイは軽く溜息をついてから静かに話し始めた。
「そう、無言なのですね。口止めされているということは、シュウの準備はさぞ進んでいるのでしょう。……私たちも覚悟を決める時なのですね」
ヒラキは何も答えなかったが、沈黙は雄弁なのだと深く感心した。
「先に話してごめんなさい。用件は何ですか」
「お聞きしたいことがございまして参りました」
「聞きたいことが沢山あるのですね」と言うアイに微笑みが戻った。
「村の掟を破ろうとする人を、どのように抑制していらっしゃるのですか」
アイは「力です」と即答した。「二つの家が力を合わせれば二百人になりますから」
「掟を受け入れない人々を追放なさるのですか」
「そう。そして族長が見せしめに殺されます」
ヒラキはまたも感心した。実によくできている。族長は、自分が殺されたくなければ家の者に掟を守るよう働きかけるしかない。実力行使に出ようにも、家が三つしかなければ敵はどうしても倍の人数になる。ハナのような立場で反抗しようにも、追放される上に自分の家の族長が殺される。
「実に合理的な制度でございますね」
ヒラキにとって最大限の賛辞だ。こういう発見があるから、旅は止められない。人間は面白いなぁと、ヒラキは心の底から旅の醍醐味を味わっていた。
「ヒラキさんにそう言ってもらえて光栄です。ところで、シュウの所へ戻らなくていいのですか?」
「参りません。なぜそのようなことをお聞きになるのですか」
「そうですか。実は、ヒラキさんが、ブル族のアイがもう勘付いている、反抗は止めた方がよい、とシュウに忠告してくれるのではないかと少し期待していました」
アイはなかなか頭が切れるな、とヒラキは思った。そう思ったから、「初めからそれを期待なさって私に強気な態度を見せたのでございますか」と聞いた。アイは「でもヒラキさんにはバレバレですね」とにこやかに笑った。
「お望みなら、私が何らかの忠告を差し上げに参りましょうか。何かとお教え頂いた恩もございます」
「ありがとうヒラキさん。でももう十分よ」
「十分とは、私が沈黙によって語ったからでございますか」
「それもそうだけど、ヒラキさんは先程、一人下流の空から戻ってきました。昨夜はシュウと一緒のはずですのに」
「窓からご覧になっていたのですか」
アイは、「ふふふ、ヒラキさんはおしゃべりですね」ともう一度笑った。
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