第4話

 谷は日暮れが早い。いつの間にかうっすらと暗くなり始めていた。ヒラキはエドの家の長、シュウの肩にとまっていた。シュウは川を渡り、どんどん道を上っていく。

「いつこの村に来たんだ」とシュウが歩きながら話しかける。

「本日の昼過ぎでございます」

「俺の前に誰と会った」

「サクと申す老婆とハナと申す妊婦、それとカエルが一匹、アリの群れが――」

「動物はいい」と遮って、「あの親子だけか。うん」とシュウは力強く頷いた。

 やはりあの二人は親子だったのかと、ヒラキは自分の正しさを噛みしめた。

「私に何を見せて頂けるのでしょうか」

「明日だ。それより今は話だ」

 ヒラキは好奇心旺盛な鳥だ。知りたいことが明日にお預けになったことは不満だった。恐らく「見せたいもの」は少し離れた屋外にあり、今から向かっても暗くなって見ることができないということなのだろう、とヒラキは推測して自分を納得させた。


 シュウは一軒の家に「今日は面白い客がいるぞ」と言いながら入っていった。ヒラキは「面白い客」とは自分のことだろうかと訝しんだが、すぐに人間より鳥の方が客人としては面白いかと思い直した。室内を見ると、妻と思しき女性が雑炊のようなものを作っている。

「まぁそこへ座れ。何か食べるか? お前は何を食べるんだ?」

 シュウはどしんと床に座ると、初めて自分の客が人間ではないことに気付いたみたいに素っ頓狂な声を出した。

 ヒラキは「同じものを頂きます」と言ってシュウの向かいに座った。「話とは何でございましょう」

「そうだ。話だ」と言いながらシュウは身を乗り出してきて声を潜めた。「お前はこの村の掟についてどう思う」

「どう思うとはどういうことでございますか」

「つまりだ。お前も言ってただろう。村を外へ広げればいいと思わないか」

 聞かれてはまずい話らしく、シュウはどんどん顔を近付けてくる。

「私の感想は変わらずその通りでございます」

「よし。それで、どうすればいいと思う。俺は外から来た奴の正直な意見が聞きたいんだ」

 シュウの顔は、熱心な政治家のそれだった。その熱意に押されたわけではなく、ヒラキは思ったことを正直に言った。「先程の様子を拝見しますに、掟を変えるのは難しいと存じます。そうなりますといずれかの時点で掟を破ることになりましょうが、掟を破ったら他の二家がどのような反応をされるか、事前に知りたい所でございます。その反応によって次の手も変わって参りましょうから」

「なるほど……」

 腕組みをして天井を見上げるシュウは、さっきまでの乱暴な少年然とした雰囲気はどこへやら、真剣にヒラキの話を聞いていた。ヒラキは続ける。

「例えば、掟破りに対して何の罰則もないのならば、開拓によって徐々に村を広げることは可能でございましょう。掟を守るよう圧力が強いのならば、他二家に伍するようになるまでは事を伏せたまま村を広げるのが無難かと存じます。また、他二家の族長を人質にこちらの要求を呑ませるという選択肢もございます。ところで、シュウ様率いるエド家の皆様は村を広げるというお考えに対してどのように思っていらっしゃるのでしょうか」


 ヒラキはおしゃべりな鳥だが、人間がこちらに腕を伸ばして掌を向けてくる時は、それ以上喋らないようにしている。ほとんどの人間は、言葉を聞いてから噛み砕いて理解して次の言葉を聞く準備ができるまでにいくらかの時間を要する。ヒラキは経験からそのことを知っている。だからヒラキはその後に言うはずだった「エド家の皆様全員がシュウ様のお考えに賛同していらっしゃるというわけではない場合、まずは賛同して頂くための宣伝活動が必要かと存じますが、この狭い村ではその活動はすぐに他の家の方に悟られることになりますので、少人数で計画を進めることも視野に入れなければなりますまいと考えましたもので」という一文を飲み込んだ。

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