第3話

 ハナはしばらくヒラキの顔を見ていた。この鳥は今何と言ったんだろう、と呆けていたのかもしれない。

 ヒラキは「他の者を一人お減らしになれば、そのお子は百人目になると存じます」と、同じことをもう一度言った。

「そんなことできるわけないでしょう?」と、ハナは少し怒っているようだった。しかしヒラキは動じずに「なぜでございますか」と返す。

「だって、誰を、しかも、どうやって。それに、私にはできないわ」

「手伝って差し上げましょうか」

「そんなことを言うのはよして。人殺しなんて……」

「母上を救いたいのなら検討すべき選択肢でございます」

「もうあっち行って」

 ヒラキはサッと羽ばたいて大きな家の陰に滑り込んだ。ヒラキは満足だった。族長に会う前から、村の掟のことがかなり分かってきたからだ。ハナの母上は、あのサク婆さんだ。村を出たことがないサク婆さんは、今度初めて村を出ると言っていた。それはきっと、村を追い出されるということだったのだ。この山中に追い出されれば、三日と持たないだろう。サク婆さんは村を出ることを「めでたい」と表現していたが、あれはきっと娘に子が生まれることがめでたいのだ。そして自分はすでに死ぬ覚悟を決めている。死ぬ本人が覚悟しているのに周りが覚悟できていないなんて、人間は不思議な生き物だなとヒラキは思った。


「ごめんください」

 この建物が、族長の家とヒラキが見込んだ、一番屋根の大きい家だ。ヒラキは律義に歩いて土間へ入っていく。中の板の間では、三人の男女が互いに向かい合って座っていた。勘のいいヒラキは、すぐにこの三人が族長だと見抜いた。三人一度に会えるとは幸運だ。ヒラキは自分を幸せの篤い鳥だと思った。

「お取込みの折失礼仕ります。私ヒラキと申す旅の者でございますが、お尋ねしたいことがありましてお邪魔申し上げる次第でございます」

 ヒラキは返事も待たずにずんずん三人に近付き、一番気になっていることを聞いた。

「村の掟では一族百人を超えてはならないとお聞きしましたが、なぜそのような掟を守っていらっしゃるのですか」

 突然の来訪者に一同戸惑ったように見えたが、唯一の男族長が、怒らずに答えてくれた。

「掟を守るのに理由なんかあるか。守ってるから掟なんだ」

 ヒラキはこういう答えが嫌いだ。一面の真実を衝いているように見えて、質問の意図を全く汲み取っていない。ヒラキは、なぜその掟を守り、守ることで掟を掟として維持しているのかを聞いているのだ。

 ヒラキの不満を機敏に感じ取ったのか、若い女族長がゆっくりと話し始めた。

「私はブルの家の長、アイと言います。もうご覧になりましたでしょう。この村は狭く貧しいのです。でも、各家百人、合わせて三百人なら、こうして生きていけます」

「村を外に広げればよいのではありませんか」

「いいえヒラキさん」とアイは首を横に振った。「彼はエドの家の、彼女はリンの家の長。昔私たちの祖先は、それはもう激しく争ったと聞いています。それは、この狭い谷間で、もっともっとと、豊かさを求めたからです。これ以上争いと悲しみは繰り返したくない。そう思った祖先は、『吾唯足るを知る』という教えを掲げました。そのお陰で私たちは今こうして平和に生活できているのです」

「三つの家で互いに監視して、悪さできないようになってるってわけだ」とエドの族長が吐き捨てるように言った。

すぐさまアイが「足るを知らない限り、必ずまた争いが起こります」と語気を強める。おしゃべりなヒラキも、口を挟むことができなかった。


 別れ際、エドの族長がヒラキを誘った。

「お前とは気が合いそうだ。俺と一緒に来い。見せたいものがあるんだ」

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