第48話 結局わからない

 佐伯がまだ大学生の頃、友人3人と連れだって、深夜のドライブをした。行き先は心霊スポットと名高い某トンネルである。


 目的地に向けて暗い山道を走っていると、途中で道端に、手を振っている人影が現れた。ハンドルを握っていた佐伯は、左端に車を寄せて停めた。


 そこにいたのは、ちょっと見た感じ80歳は越えていそうな、総白髪のおばあさんだった。


「どうかしましたか?」


 佐伯の友人が助手席の窓を開け、声をかけた。何か困っているのかと思いきや、老婆はニヤニヤと笑いながら、


「お兄ちゃんたち、この先のトンネルに行くの?」


 と尋ねてきた。


「はぁ、そうですけど」


「行かない方がいいよぉ」


 老婆は楽しそうに言った。


「何でですか?」


「何ででもぉ」


 ニヤニヤしている老婆に、佐伯は苛立ってきた。せっかく親切心から声をかけたのに、ふざけた態度のバーサンである。そもそも、山道で何か助けが必要だという風でもない。


 助手席の友人も苛立ってきた様子で、


「オバちゃん、俺ら行っちゃうけど平気?」


 と言ったが、老婆は白髪頭を揺すって笑うだけだった。


「平気? だってぇ。ふひひひひひ」


 ますますイライラしてきた佐伯は、「もう行こうぜ」と言って車を発進させた。バックミラーに映る老婆の姿が、みるみる小さくなっていく。


「なぁ、さっき何で停めたの? 誰と話してたん?」


 助手席側の後部座席に座っていた友人が話しかけてきた。


「あれ、お前のとこから見えなかった? あのバーサン」


 佐伯が言うと、助手席の友人が


「いや、バーサンってほどの年じゃねえだろ。気味悪い女ではあったけど」


 と言った。それを聞いたのか、運転席側の後部座席の友人が、


「いや、あれどう見ても女じゃないっしょ! オッサンだったって!」


 と言い出した。


「いやいや、ばあさんだっただろ……髪の毛真っ白で、しわくちゃで腰曲がってて」


「いや、エプロンつけた主婦って感じの女の人だっただろ」


「お前ら何言ってんの? スーツ来たオッサンだって」


 話が噛み合わない。助手席側の後部座席の友人が震える声で、「俺、子供が描いてある飛び出し注意の看板しか見えなかったけど……」と言った。


「ばーか、こんな山道で子供が飛び出してくるかよ」


「だったら、何でこんな時間のこんな山道に腰が曲がったバーサンがいんだよ? 車とかもなかったのに?」


 そう言われて初めて、佐伯は事態の異常さに気づいた。顔からさーっと血の気が引くのがわかった。


 ちらりと見た助手席の友人も、同じような顔をしていた。




 来た道を戻ってみたが、その辺りには人影はおろか、看板すらも見当たらなかった。


 とりあえず佐伯たちは、そのトンネルに行くのは止めたそうで、だからなぜ「行かない方がいい」と言われたのかはわからない。

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