第39話 渡せなかった

 吹田さんのお祖母さんは、ちょっと不思議な人だった。


「なんか、ポロッと言うことが当たるのよね」


 彼女が16歳だった年の2月14日、登校しようとする吹田さんの背中に、お祖母さんが声をかけた。


「今日、渡せないんじゃない?」


「何を?」


「チョコ」


 彼女の通学カバンの中には、同じ部活の先輩に宛てた本命チョコが入っていた。それなりに気合いを入れて用意したものだが、お祖母さんはそのことを知らないはずだ。


 色々と実績のあるお祖母さんに言われると、なんだかモヤモヤと気がかりになってくる。


(いや、でも渡すよ。せっかく用意したんだから)


 結局、彼女は覚悟を決めて、チョコを学校に持っていった。


 ところがその日、先輩は学校に来ておらず、吹田さんは彼に会えなかった。がっかりしつつも、(やっぱりな)と思っている自分に気付いていた。


 しかし、家に帰ってつらつら考え出すと、何だかんだで素直に諦めきれない。


(明日もチョコ持ってこ)


 ところが次の日の朝、吹田さんはお祖母さんにまた呼び止められた。


「今日も渡せないんじゃないかしら」


「何が?」


「チョコ。おばあちゃん、やめた方がいいと思うけどねぇ……」


 しかし、それで諦めるような吹田さんではなかった。仮に駄目だとしても、自分の手で渡してフラれるまでは、納得がいかないのだ。


「もう、すぐに泣いちゃう子供じゃないんだよ! 余計な心配しないで!」


 可愛らしい啖呵を切って、彼女は登校した。


 ところが、その日も先輩は朝練に来なかった。吹田さんが思いきって二年生の教室を訪ねていくと、彼と同じクラスの女子の先輩が、そっと教えてくれた。


「先生たちは黙ってるけど、あいつ痴漢で捕まったんだよ。あたし、通学で使ってる路線が一緒だから、揉めてるとこ見ちゃったんだ」




 結局、先輩は退学になったらしい。本命チョコは吹田さんが泣きながら食べたそうだ。

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