第37話 ぐにゃぐにゃ

 保育士の涼香さんは、某市の一時保育センターで働いている。


 彼女がそこで働き始めてまだ1年ほどだが、今まで3人ほど、おかしなことを言う子に会ったという。


 彼らは一様に、壁に貼ってあるひらがなの五十音表を指差してこう言う。


「あの紙なーに?」


「あれはひらがなだよ」と涼香さんは教えてあげる。


「覚えたら、ここにある絵本が自分で読めるようになるよ」


「ちーがーうー。それじゃなくて、ぐにゃぐにゃの!」


 子供はじれたように足踏みをしたり、ぴょんぴょん跳ねたりする。


「ぐにゃぐにゃの?」


「ぐにゃぐにゃ~って変なのが書いてあって、赤と黒なの!」


 五十音表はカラフルで、確かに赤も黒も使われているが、それほどその二色が目立つわけではない。


 ある日涼香さんは、このセンターが開設されたときから勤めている保育士に、ぐにゃぐにゃの紙のことを尋ねてみた。


「ああ、実はあの五十音表の下に、お札が貼ってあるの」


 先輩保育士は、事も無げに答えた。


「壁紙の裏に貼ったんだけど、やっぱりそこだけ壁紙がちょっと盛り上がって見えちゃうのね。だから五十音表を貼ったの。でも見えないはずなのに、たまに気づく子がいるわねぇ」




 どうしてそこにお札が貼られているのかは、その先輩も知らないそうだ。

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