第33話 会いたい人
「昔話とかじゃなくてね、ウチの実家の方、マジで出るんすよ!」
ジョッキを片手に、河野くんはいきなり語り始めた。知人主催の飲み会でさっき名乗りあったばかりなのに、大した勢いである。
「へ、へぇ。出るって何が?」
「キツネっすよ、狐! アイツ、マジで人化かすんすよ!」
そう前置きして、彼が前のめりに話してくれたのがこちら。
昔話じゃないんすよ! を連呼しながら河野くんが言うには、彼の故郷に出るという化け狐は、年を経て神通力のようなものを身に付けているのだそうだ。
「それでどうするかっつーと、化かす相手の心を読むらしいんすよ。それで、そいつの会いたい人に化けるんす」
河野くんには8歳下の妹がいる。花も恥じらう女子高生で、人並みにイケメンが好き。最近はAという若手俳優に熱を上げている。
ある日、妹さんが下校途中、家の近所の畦道を歩いていると、背後から「ちょっとすみません! 今大丈夫ですか?」と声をかけられた。
どこかで聞いたことのある声だな、と思いながら振り返ると、なんと数メートル離れたところに俳優のA氏が立って、こちらに手を振っているではないか。
思わずそちらに走り出しそうになったが、彼女ははたと思いとどまった。こんな何もないド田舎に、A君が来るなんておかしい。仮に何かのロケだとしても、スタッフらしき人の姿がないのは変だ。それに例の狐の話。
実は妹さん、中学生の頃に一度、狐に化かされたことがあるという。その時狐は、当時片思いしていたクラスメイトに姿を変えていたが、「ちょっと来て」と呼ばれてついていった彼女は、用水路にハマる羽目に陥った。
もうあの轍は踏むまい。
「ばーか! 引っかかると思うなよ!」
彼女は大声で狐を罵ると、家まで走って帰った。家の前で呼吸を整えていると、隣の家から友達が飛び出してきた。
「ちょっとやばい! 今、この辺にAが来てるんだって! 『ローカル線の終点まで乗ってみた』の撮影だって! さっきお姉ちゃんの職場に来たんだってどーしよー!」
「うそ!?」
妹さんの顔から血の気が引いた。それでは、さっき罵倒してきたのは……。
「うわ、さっきあっちで見たの、そうかも!」
「やばいやばい、行こ!」
ふたりは、さっき妹さんがAを見た畦道まで走った。大急ぎで戻ったのに、そこにはすでに人っ子ひとりいなかった。
「行っちゃったか……うわぁ、どうしよう! 私ひどいこと言っちゃった……」
「え? なに?」
「いや、この辺の狐だと思って……バカとか怒鳴ってきちゃった……」
「ははは! マジで!? あははは」
友達は腹を抱えて笑い始めた。
「ちょっと、笑いすぎ……ほんっとに凹んでるんだから勘弁して……」
「いやだって、バカとか……普段は『神!』とか『尊い~』とか言ってんのに……A君にバカとかウケる……お腹苦しい~」
友達は爆笑しながら、突然妹さんの背中をドンと押し出した。妹さんはふいをつかれて、水を入れたばかりの田んぼに見事にダイブした。
「うわっ! 何すんの!?」
体を起こして見ると、さっきまでいたはずの友達の姿がない。
代わりに畦道の向こうで、大型犬くらいはありそうな大きな狐が、ふさふさと尻尾を振っていた。
妹さんが泥まみれで立ち上がったときには、もういなくなっていたという。
「一応言っとくと、結局撮影なんてモンはなかったんすよ……あのときはもう、ハチャメチャに怒ってましたね、アイツ」
そういう河野くんは、一度も被害に遭ったことがないという。
「さしもの化け狐も、二次元の女の子は再現できないみたいっすね! あ~、俺も嫁に会ってみたいんだけどな~」
そう言いながら彼はジョッキを置き、アニメキャラクターの描かれたスマホカバーを大事そうに撫でた。
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