第30話 別れ

 工務店を営む宮永さんが、ある民家を解体したときの話だという。


 宮永さんが仕事をしていると、近くの路上で解体を見守っている女性に気付いた。


 持ち主の関係者かと思って声をかけると、昔ここに住んでいたことがあるという。


 その女性は小学生の時、家の建て替えのために、一時期この家に引っ越してきた。


 二階の部屋にとても立派な桐の箪笥があり、使ってもいいということだったので、彼女はそこを自室にしてもらった。


 その夜、荷物の整理をしようと箪笥の引き出しを開けると、一番下の段に、同い年くらいの女の子の生首が入っていた。


 人形かと思ったが、閉じた瞼の裏で眼球が動いているし、口元が動くので、首だけで生きているようにしか見えなくなった。


 髪の長い、とても綺麗な子だった。


 彼女は不思議とその首に愛着を感じて、花を摘んで首の回りに飾ったり、髪にリボンをつけてあげたりした。女の子の首は、いつも目を閉じて微笑んでいた。


 そのうちに家が建ち、彼女は再び引っ越すことになった。


 箪笥はこの家のものだから、置いていかなければならない。だけど彼女は、首と離れることが寂しかった。


 最後の夜、彼女は初めて首を箪笥から出してみようとした。両手で頬を包み込むように首を持ち、そっと持ち上げる。


 その時、首が初めて目を開いた。大きな瞳に涙をいっぱいに浮かべていた。


 彼女は「ごめんね」と言って、箪笥に首を戻した。




 確かに宮永さんは解体の前、二階の部屋に古い箪笥があることを確認していた。


 しかし、施主から「一緒に壊してほしい」と頼まれており、すでに家と一緒に崩してしまった後だった。


 女性と一緒に廃材の中をあちこち探してみたが、首らしきものはなかった。


 彼女は砕けた木材の破片と、箪笥の金具をひとつ受け取ると、丁寧に礼を言って去っていったという。

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