第22話 そういうわけで
小雨が降ったある日の午後、近藤がビニール傘をさして人気のない道を歩いていると、後ろの方から声が聞こえだした。女の声だ。
「ほんとさぁ、むかつくよねマジで! こっちは具合悪いんだからさぁ、何も言わなくても察しろっつーの! おんなじことグチグチグチグチさぁ……」
誰かと話しているようだが、相手の声は聞こえない。歩きながら電話をかけているのかもしれない。それにしても大きな声だ。
ただでさえ靴の中が湿ってイライラしているところに、誰かを口汚く罵るところを聞かされては、決していい気持ちはしない。
(なんだよ、うるせぇな。何があったか知らねーけど声がでけーんだよ。お前の方がむかつくわ)
心の中で毒づいたとき、後ろから女の声が、今までと同じトーンで喋りながらも、異様な速さで近付いてきた。
「いい人ぶっちゃってさー! ほんとキモい! ああいう女が性格悪いんだよねー!」
後ろを振り返る間もなかった。近藤の左頬にぶわっと金気臭い息がかかったかと思うと、首だけの女が近藤を追い抜いていった。
(えっ!? 何だあれ?)
首は長い髪を振り乱し、口からは罵声を吐きながら、転がるように飛び去り、角を曲がって見えなくなった。
近藤は狐につままれたような気持ちでしばらく立ち尽くしていたが、爪先の冷たさにふと我に返ると、生首が去っていったのと逆の方向に走って逃げた。
追い抜かれるときに近藤が見た女の顔は、黒目が異様に小さかったという。
白目の中心にぽつんと点を打ったようで、彼は後々、何度かそれを夢に見ては魘された。
「いやでも、あんなんだったらそりゃ嫌ぁな顔になるわな。納得したわ。人間、ああはなりたくないよね」
近藤はそう言って何度もうなずいた。
彼の周囲の人たちは、「近藤さんって他人のことを絶対悪く言わないよね」と感心するが、それにはこういうわけがあるらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます