第20話 幽霊屋敷の住民たち

 松木が大学生時代に住んでいた大学の男子寮は、ひどくガサツなところだったという。


 築何十年かもわからないような建物に、四畳半の個室が薄い壁を隔てて並んでいた。大抵どの学生も、その四畳半の和室に万年床を敷いて、周りにパソコンやらゴミ箱やら電気ケトルやらの生活用品を転がしていたという。


 当然のように台所と風呂場、トイレは共同。洗面所はないので、皆トイレの鏡で用を足していた。そんな環境でサワヤカなオシャレ男子が育つわけもなく、どんなに世代が入れ替わっても、男子寮はムサい男の巣窟のままだった。




 そんな男子寮だが、昔から幽霊が出ると言う話があった。なぜか女の霊だという。


 どうして男子寮に女性の霊が出るに至ったのかは、誰にもわからないらしい。ただ、寮生のほとんどが何らかの霊体験らしきものをしているという。


 曰く、部屋の隅で女のすすり泣きがする。


 廊下を歩く足音がしたので、ドアを開けてみると誰もいない。


 畳の上に長い髪が落ちている。


 共用スペースの引き戸にはまっている曇りガラスに、女の姿が映る。


 そういったことが起こるらしい。


 学内では有名な話で、その男子寮は通称「幽霊屋敷」と呼ばれることもあった。


 とはいえ、あまり実害がないので、「幽霊屋敷」の住人である寮生は大抵、妙な現象に慣れてしまう。


 松木が言うには、食品にウジを湧かせたり、腐った布団を廊下に放置したりする人間の方が、幽霊よりよほど迷惑だったという。




 そんな男子寮で、ある時OBも交えてのバーベキュー大会が催された。


 寮の建物の前にスペースを作り、肉を焼いたり酒を飲んだりして、昼間から盛り上がった。


 その時、誰かが記念写真を撮ろうと言いだした。そこで参加者一同が寮の玄関の前に並び、写真部の学生が持っていたカメラで写真を撮った。


 さて、後日その写真部の学生が、その時の写真を現像してみると、玄関の窓ガラスの向こうに、ほっそりとした女性の姿が写っていることに気付いた。


 女子禁制の男子寮に、女性がいるはずはない。もしやこれは、寮に出る女の幽霊ではないかと話題になった。その写真は焼き増しされて、あちこちの部屋に配られた。


 横向きに立って、玄関の方をちらっと振り向くような姿勢で写っている「幽霊」は、松木曰く「えらい美少女だった」という。


 当時人気だったアイドルのA子さんに似ていたため、やがて寮に出る幽霊は、「Aちゃん」と呼ばれるようになった。




 Aちゃんの呼称が定着した頃、寮生の何人かが、あからさまに幽霊にセクハラを働くようになった。


 たとえば、廊下を歩く足音が聞こえた途端、全裸で部屋のドアを開け、「俺んとこ来ない!?」などと叫ぶ事案が続出した。


 幽霊だった場合はともかく、実際に人が歩いていたところにやらかしたケースも少なくなかった。最初は「何だよ! びっくりしただろ~」と笑っていた方も、何度もやられるとだんだん笑えなくなってくる。


「Aたんへ 依代にどうぞ」などと書いた紙を貼った汚れたダッチワイフを、共用スペースに放置した奴なぞもいたという。


 ガサツながらに平和だった寮全体の雰囲気が、この辺りから何となく荒れてきた。


 最終的に「勝手に住み着いてる幽霊に何したっていいだろ」派と、「Aちゃんがいなくなったら嫌だからもっと紳士的にしろ」派、そして「何でもいいから迷惑行為は止めろ」派による睨み合いの構図になりかけた辺りで、松木は無事大学を卒業し、寮を出て行った。


 その後のことは「知らん」という。




「男ばっかの中に美人ひとり入れると、ああもギスギスするもんかね」


 そう言って松木は溜息をついた。


 幽霊屋敷の住人よりも、幽霊の方が不幸だったような気がする話である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る