第16話 冬の夜
石田くんが大学生の時の話。
その日、彼はアルバイトを終えて、夜の10時くらいに家に帰った。「ただいまー」と玄関を開けると、廊下の奥から出てきたお姉さんと鉢合わせた。
「あ、おかえり」
石田くんを見つけたお姉さんは、ふと廊下の真ん中で足を止めた。その顔がみるみる真青になっていく。
「姉ちゃん、どうした?」
声をかけるやいなや、お姉さんが「ぎゃー!」と物凄い悲鳴をあげた。
「えっ!? 何! 姉ちゃん!」
「ぎゃー! あんた、あんた何それえぇ!」
お姉さんは石田くんを指さして、取り乱した様子で悲鳴を上げ続けている。自分がどうかしたのか、と体中を触ったが、変わったところは何もない。
「うるさいわねぇ」
家の奥から、お母さんが殺虫スプレーを手に持って出てきたが、石田くんを目にするなり、「ぎゃー!」と悲鳴を上げた。
「うわっ、か、母さんも!? 何!?」
「あんたっ! 何やってんの! 自分でわかんないの!?」
「腰! 腰!」
そう言われて、石田くんはベルトの辺りをぱんぱんと叩いてみたが、やはり何もない。
とりあえず靴を脱ごうとすると、2人に「やめてやめて!」と大声で止められた。
「あんた、すぐお寺さん行きな! 早く! 母さんが電話しとくから!」
有無を言わさず、寒空の下に放り出された。
仕方なく、石田くんは歩いて5分ほどのところにある檀那寺までとぼとぼと歩いた。こんな夜更けに迷惑だろうと思いつつ訪ねたが、お坊さんは快く出迎えてくれた。
本堂で10分ほどお経をあげてもらい、「もういいでしょう」と言われたので、首をひねりながら帰宅した。もう一度ぎゃーぎゃー言われたらどうしよう、と心配したが、お母さんもお姉さんも、ほっとした表情で出迎えてくれた。
開口一番、「いなくなってる!」と言われたという。
次の日の朝になって、お母さんとお姉さんが理由を教えてくれた。
帰宅した石田くんの腰に、女性が抱きついていたという。
冬だというのに薄手のワンピース一枚で、肌が異様に白い。その両腕が腰にぎっちり巻き付いているのが、2人にははっきり見えていたのに、石田くんはまったく気づいていなかったという。
このまま家に上がられると、女も一緒についてきてしまう。それが怖くて、お寺にすぐ向かわせたそうだ。
「あー、怖かった。あんなに怖い思いしたの、生まれて初めてだわ」
お母さんはそう言っていたが、石田くん本人としては、
「俺は家族がおかしくなったかと思って、ゾッとしましたよ。あとめちゃくちゃ寒くて。外もだけど、お寺の本堂がもうほんとに寒くて」
という感想しかないという。
女性の心当たりは、まるでない。
いつも通りの道を通って帰宅しただけで、その日に事故があったとかいう話も聞かないそうだ。
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