第8話 影

 吾妻さんは真夜中、ふと目を覚ました。隣では奥さんが、静かな寝息をたてている。


 いつも点けておく常夜灯が、仄かに部屋を照らしている。ぼんやりと天井を見上げていると、ふと見慣れないものがあることに気付いた。


 大きな四角い影ができているのだ。天井の半分近くを覆い、壁にある電燈のスイッチあたりまで端っこが伸びている。


 あんな大きな影を映すようなものが、この辺にあったかな?


 疑問に思った吾妻さんは、ベッドサイトのテーブルやゴミ箱に手を伸ばしてみたが、どうもこれらの影ではないらしい。そうしているうちに、すっかり目が覚めてしまった。


 仕方がないので、トイレにでも行こうと立ち上がったついでに、壁に映った影を何気なく触った。


 壁とは明らかに違う感触が伝わってきた。

 しいて言うなら、はんぺんのような触感だった。


「おっ」と声を上げると、影は電灯のスイッチと壁の隙間に向かって、物凄い勢いで吸い込まれ、あっという間になくなった。


 まるで、吾妻さんの声に驚いて逃げたかのようだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る