第7話 裏山から

 小学生の頃の澪さんは、毎年夏休みのほとんどを、父方の祖父母の家で過ごしていた。


 両親が共働きで、昼間は彼女の世話ができなかったというのが理由だが、澪さんも率先して祖父母の家に行きたがった。優しい祖父母と、家のすぐ裏手に山が迫る、平屋の大きな日本家屋が好きだった。




 ある年の夏、夜中にふとトイレに行きたくなって、澪さんは目を覚ました。広い家での「夜中にトイレ」は少々怖いが、行かなければ眠れない。仕方なく起きることにした。


 トイレで用事を済ませ、寝室に戻ろうと廊下をひたひたと歩いていると、家の外から声がした。獣の声にも、人間の声のようにも聞こえる。


 怖かったがどうにも気になってしまう。澪さんは台所の小窓を開けると、外を見た。


 月明かりの下、裏山を背にして、小さな影が立っていた。


 大きさは7歳くらいの子供ほどだが、目が異様に大きく、顔の半分以上が両目に占められていた。時代劇の農村に出てくるような、丈の短い着物を着ている。


 巨大な目の下が黒くなった。鳴き声のような、人が叫ぶような、サイレンのような声が響いた。口を開けたのだ、と澪さんは思った。


 その時、背後から「こらぁ!」という怒鳴り声がした。振り向くと、寝間着姿のお祖母さんが立っていた。


「ほっとくとうるさいからねぇ。叱ってやればいなくなるのよ」


 あくび混じりに言うと、お祖母さんはくるりと背を向け、廊下の向こうへ消えていった。


 慌てて窓の外へ向き直ると、もう何もいなかった。




 怖かったというより、「それでいいんだ!」と驚いたため、未だに忘れられないのだそうだ。

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