第4話 おばちゃん

 夏子さんが初めてその子に会ったのは、今から半年ほど前のことだという。




 現在住んでいるマンションに引っ越してきたばかりの頃だった。


 仕事を終えた夏子さんが帰宅したとき、時刻はもう夜の12時近くになっていた。明日はやっと休みだ、と思ったというから、多分金曜日だったはずと彼女は振り返る。


 エレベーターに乗り込み、部屋のある6階のボタンを押す。疲労のために、足の裏から床にめり込みそうな気分だった。


 ふうーっとため息を吐いたとき、腰の辺りから「おばちゃん、おばちゃん」と声をかけられた。幼い子供の声だった。


 夏子さんは妙齢の女性である。「おばちゃん」と言われてカチンときたが、子供が相手なら仕方がない。それよりも、どうしてこんな時間に子供がいるのかしら・・・・・・そう思いながら、声のする方を見た。


 真っ白な子供がいた。


 レインコートのようなものを着ていたが、「とにかく全部真っ白だった」ので定かでないという。男の子か女の子かもよくわからない。ただ服も、髪の毛も、肌も、こちらを見上げている眼球も真っ白。まるで、色をつけていない磁器の置物のようだった。


 声も出せずに固まっていると、エレベーターががくんと震え、ドアが開いた。自分の部屋がある階に着いていた。


 金縛りが解けたように、急に体が動いた。転がるようにエレベーターを降りる。振り返ると、ドアが閉まっていくところだった。


 子供は乗ったままだった。小さな手をひらひらと振っていた。


 その時ふと、エレベーターに乗り込んだ瞬間は、確かに自分ひとりだったことを思い出した。




 それから、日付が変わる頃にエレベーターに乗ると、「おばちゃん」と呼びかけられるようになった。


「一度でいいから、『おばちゃんじゃありません!』って言ってやろうと思ってるんだけど、いざとなると気味悪くてね……もうちょっと慣れたら言うわ」


 夏子さんは鼻息を荒くしている。

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