第3話 その発想はなかった
菅井くんは有名大学の大学院を卒業し、現在は法律関係の仕事をしている優秀な人材だが、ちょっと変わっている。
都心の会社に通っている彼が今ハマっていることは、地下鉄の先頭車両に乗って、運転手の肩越しに進行方向の景色を見ること、だそうだ。確実にその場所が陣取れるよう、乗る電車と乗車位置を変えたというから念が入っている。
景色といっても、延々と続くトンネルと線路、停車駅のホームが主で、特に珍しいものが見えるわけではない。だが、彼はそれが楽しいのだという。
「だって上を人が歩いたり、建物があったり、車が走ったりしてるわけじゃないすか。その下にこんな穴が掘ってあって、レールも敷いてあって、ずーっと先も見えないくらい続いてるじゃないすか。それがワクワクなんすよ」
と彼は力説する。これで頭はいいはずなのだが。
ある朝のこと。菅井くんは出勤のため、地下鉄に乗っていた。例によって先頭車両で、運転席が見える窓に貼りついていると、線路に人が立っているのに気付いた。
白い服を着た女性だったという。進行方向に立っているため、電車はぐんぐん彼女に近づいていく。
ぶつかる! と思った次の瞬間、上に引っ張られるような動きで、女性が視界から消えた。
慌てて周囲を見回したが、運転手や他の乗客は気付いていないようだった。
「この話を誰かにすると、『見間違いじゃない?』って言われるか、『幽霊じゃない?』って言われるか、どっちかなんですよ」
菅井くんは鼻息を荒くする。
「そりゃ、菅井くんの見間違いでなければ、幽霊じゃないかと思うでしょ」
「いや! 俺は宇宙人だと思うんですよ! 一瞬で電車を飛び越える身体能力を持った宇宙人が、何等かの目的で地球に来てるんだと思うんすよ!」
……その発想はなかった。
ちなみに、怖くなかったのかと聞くと、彼はこう答えた。
「上に消えた後、トンネルの天井にヤモリみたいにくっついてるの想像したら、笑っちゃいました」
そのうち侵略されたら怖いなぁ、と言いながら、菅井くんはデカ盛りパフェに食いついていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます