とおやまはるき

突然聞こえた声に仰天し、ぐらっと体勢が崩れ崖の下の青々とした緑が視界いっぱいに入ってきた。

(…あ、やばいかも…)

 走馬灯が頭を駆け巡る。


 両親に、厳しくマナーをしつけられたこと。

 大好きなケーキを口いっぱいに頬張ったこと。

 学校の勉強に飽きて、ふと見た窓枠の中の空。

 苦い思い出も、楽しかった思い出も、とてつもないスピードで次々とあらわれる。

 反射的にぎゅっと目を瞑ったとき。ヒマワリの右腕が後方から強い力で引かれ、それに付随して体全部が後ろに勢いよく倒れた。草花がいっぱいに敷き詰められていたので、背中はそれほど痛みは感じなかった。

「…………?」

ヒマワリの脳は、今の状態に至る経緯の情報処理に必死だった。青い空を背景に、ヒマワリを見下ろしている黒いが視界の8割を埋め尽くしている。

 そのは『ヒト』だった。

「…危なかった…」

そう言った後、ヒトは力が抜けたように尻餅をついた。ヒマワリがゆっくり起き上がると、灼熱の日差しに照らされたヒトの容貌が明らかになった。ハート星人の翼のような真っ黒な髪だ。

「あ、あの…」

ヒマワリは恐る恐る話しかける。

「君、危ないでしょう。こんな崖に近づいちゃ。」そのヒトはなだめるようにヒマワリに言った。

改めてそのヒトの声を聞いて、男性だと分かった。

「…ごめんなさい。だって…あまりにもこの景色がきれいだったから。」

ヒマワリの言葉を聞いたヒトは目を丸くした。

「よかった…飛び降りるのかと思ったから焦ったよ。そっか、それならよかった…」

ヒトは安堵の笑みを浮かべた。季節違いの、春のようなあたたかさの微笑みだった。ヒトは呼吸を整え終えると、ゆっくり口を開いた。

「君、見かけない制服着てるけど、もしかして隣街の人かな?」

「…そ、そう。あ、我の名前はヒマワリ。えっと、その…さっきは助けてくれてありがとう。」

見知らぬ人に助けてもらった時には自分の名前を言うのがハート星のしきたりのため、ごまかしながらヒマワリはお礼と自分の名前を言った。

「どういたしまして。僕は、遠山春輝。この街の高校に通ってるんだ。」





 



 


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