北魏16 拓跋嗣侵攻13 

竺夔じくきは城の北に三本の空堀を掘る。

空堀、兼、作戦用通路である。

この三本に三百人からの兵士を潜ませ、

空堀から北魏ほくぎ軍の攻城具を攻撃、

焼き払ってしまおう、と計画したのだ。


そう軍は攻城具の側にまでは近づけた。

しかし折悪しく、つむじ風が吹き、

種火をさらってしまった。


空堀から敵襲! 事態に気づいた北魏軍、

空堀で呻吟する宋軍に向け、矢を射かける。

宋軍の被害は甚大となり、

兵をまとめ、撤収した。


北魏軍、速やかにこの空堀を埋め立てる。

しかしいくつかの小さな空堀までは

埋めきれなかったため、蝦蟆車を

城に近づけることは叶わなかった。


ただ、いわゆる衝車、

門を打ち破るための杭を載せた車は

空堀を渡せたため、

それを用いての攻撃を仕掛ける。


対する、竺夔。

城内の力持ちを選抜して、

城壁の上に大きな石を運ばせ、

積み上げておく。

一方で残された空堀では、大いに

「骨骨」を麻縄で張り巡らせ、

その両者で城に近づかんとする

衝車を攻撃させることにした。


北魏軍は城の南にも水堀を設け、

その上で本格的な攻撃をなした。


東陽とうよう城は竺夔のどっしりとした采配と、

垣苗えんびょうの状況判断力、及びその武勇で

見事な堅守がなされていた。

ただし城壁は徐々に崩れてきており、

戦う兵士の被害も大きくなり、

避難している者たちに行き渡る

食料その他も尽き始めていた。


落城は、もはや時間の問題。

なので檀道濟だんどうさい王懿おういは、

全速で青州せいしゅうに向かうのだった。




夔先鑿城北作三地道,令通外塹,復鑿裏塹,內去城二丈作子塹,遣三百餘人出地道,欲燒虜攻具。時回風轉爓,火不得燃,虜兵矢橫下,士卒多傷,斂眾還入。虜填三塹盡平,唯餘子塹,蝦蟆車所不及。虜以橦攻城,夔募人力,於城上係大磨石堆之,又出於子塹中,用大麻絙張骨骨,攻車近城,從地道中多人力挽令折。虜復於城南掘長圍,進攻逾急。夔能持重,垣苗有膽幹,故能堅守移時。然被攻日久,城轉毀壞,戰士多死傷,餘眾困乏,旦暮且陷,檀道濟、王仲德兼行赴之。


夔は先に城が北を鑿し三なる地道を作り、令し外塹を通ぜしめ、復た裏塹を鑿し、內は城を去ること二丈に子塹を作し、三百餘人を遣りて地道に出だし、虜が攻具を燒かんと欲す。時に回風の爓を轉ぜるに、火は燃ゆるを得ず、虜兵が矢は橫下し、士卒の多きは傷つき、眾を斂め還じ入る。虜は三塹を填めて盡くを平らげ、唯だ子塹が餘すらば、蝦蟆車は及ばざる所たる。虜は橦を以て城を攻め、夔は人力を募り、城上に大磨石を係りて之を堆し、又た子塹中に出で、大なる麻絙を用い骨骨を張り、城に近づく車を攻め、地道中より多きの人力にて挽き令し折らしむ。虜は復た城が南に長圍を掘り、進みて攻むこと逾いよ急たり。夔は能く持重し、垣苗に膽幹有らば、故に堅守し移時す能う。然れど攻めを被る日は久しく、城は轉た毀壞し、戰士の多きは死傷し、餘眾は困乏し、旦暮にも且つ陷ちなんとせば、檀道濟、王仲德は兼行し之に赴く。


(宋書95-16_暁壮)




戦いの詳細をイマイチ把握しきれないワイ「???よくわからんけど竺夔がかっけえのはわかった」


いや、蝦蟆車ってなんですかね。調べたら土を運ぶための車みたいに書かれたんですが、この内容見る限りだと攻城具だし。あるいは城壁の隣に土を積み上げちゃうとか? 確か柴壁とか襄陽守城録の終盤でそんな攻め方があったよね? あと前秦でも対姚萇戦であったか。中国の城攻めとしてはメジャーなんすね。

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