陶潜3  帰去来兮辞 上 

官職を返上して故郷に引っ込むにあたり、

陶潜とうせんは詩をなした。

それが有名な、歸去來の賦だ。


そこには、こうある。



歸去來兮 園田荒蕪 胡不歸

 さあ、帰ろう。

 田畑が荒れ果ててしまう、

 帰らずにはおれまい。


自以心爲形役 奚惆悵而獨悲

悟已往之不諫 知來者之可追

實迷塗其未遠 覺今是而昨非

 もはや自らの心を、

 肉体の奴隷として久しい。

 ただ、今更それを悲しんだところで、

 何ら意味などあるまい。

 過ぎ去ったことは仕方ない。

 この先、どうするかは

 まだ決められる。

 確かに、見事に道を間違えた。

 が、それほど遠くには行っていない。

 今が正しく、昔が誤っていたのだ。

  

舟超遙以輕颺 風飄飄而吹衣

問征夫以前路 恨晨光之希微

 舟はゆらゆらとしながら進み、

 風が我が袖をひょうひょうと打つ。

 同行の旅人に行く先を尋ねたが、

 いまだ暗く、先が見通せないのが

 恨めしく感ぜられる。

 

乃瞻衡宇 載欣載奔

僮僕歡迎 稚子候門

三徑就荒 松菊猶存

攜幼入室 有酒停尊

 やがて我が家が見えてきた。

 嬉しさを抱き、駆け出してしまう。

 召使が私を迎え、子らも門に出てきた。

 庭の道こそ荒れているが、

 松や菊は以前のままだ。

 子らとともに自室に入れば、

 そこには樽酒が置いてある。


引壺觴而自酌 盻庭柯以怡顏

倚南窗而寄傲 審容膝之易安

 樽の傍で、さっそく杯を傾ける。

 庭を見れば、自然と顔がほころぶ。

 南側の窓によりかかり、くつろぐと、

 ここが我が戻るべき場だったのだ、

 そう、実感するのだ。


園日渉而成趣 門雖設而常關

策扶老以流愒 時矯首而遐觀

 日々のごとに庭木を手入れし、

 門はあれど閉ざし、外部を絶った。

 我が身を支える杖とともに散策し、

 時に顔を上げ、景観を堪能する。


雲無心以出岫 鳥勌飛而知還

景翳翳其將入 撫孤松以盤桓

 峰よりこんこんと湧き出でる雲。

 鳥は飛び疲れ、巣に帰る。

 ゆっくりと太陽が沈まんとする。

 一本立ちの松の木を撫でながら、

 思わず、立ち止まってしまうのだ。

 



賦歸去來,其詞曰:歸去來兮,園田荒蕪,胡不歸。既自以心爲形役,奚惆悵而獨悲。悟已往之不諫,知來者之可追。實迷塗其未遠,覺今是而昨非。舟超遙以輕颺,風飄飄而吹衣。問征夫以前路,恨晨光之希微。乃瞻衡宇,載欣載奔。僮僕歡迎,稚子候門。三徑就荒,松菊猶存。攜幼入室,有酒停尊。引壺觴而自酌,盻庭柯以怡顏。倚南窗而寄傲,審容膝之易安。園日渉而成趣,門雖設而常關。策扶老以流愒,時矯首而遐觀。雲無心以出岫,鳥勌飛而知還。景翳翳其將入,撫孤松以盤桓。


(宋書93-21_文学)




うわすげえ……顔延之や謝霊運と比べると、表現がどストレートにもほどがある。そりゃ当時の文壇でこんなん評価されるはずないですわ。そして今の時代には陶淵明のほうが受け入れられてるのも、なるほど、と。だって圧倒的に素直なんですもん。


そして、ここで紹介しているうちの最終連の強烈な描写力。「雲に心なく」とか、えげつねえ情景喚起力でどうしようって感じです。そして、その風景が徐々に夕暮れに染め上げられていく。そいつを一人、じっとたたずまう陶淵明。うわあ……。


多分、詩経とか読んできたからなんでしょう。陶淵明の表現が、妙にしみてきます。これちょっと一回謝霊運の賦にも戻っておこう。見え方が全く違ってきてるのかも。

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