第170話 偶然
上映前の、まだ少し明るい映画館の中で、僕は右隣の席からの視線を全力で無視していた。
左隣では、小堂さんと早見さんが楽しそうに喋っている。できればそっちに混ぜてもらいたいけど、残念ながら今話している内容が何なのかも分からないため、混ざることは出来なさそうだ。
──最近のJKわかんないや……
そんなことを考えていると、ついに右隣に座る人物
──折木さんが話しかけてきた。
「あんた、浜辺よね……?」
これまた偶然の遭遇で、僕が席に座ってから数分後に彼女は僕の隣にやってきたのだ。
「……」
「……あの時は私が悪かったと思ってるわ
ごめんなさい」
「……」
「ちょ、ちょっと、聞いてる?」
いつまでも無視をし続ける僕に苛立ったのか、折木さんは席を立つと僕の顔を前かがみに覗き込んできた。
「え、寝てる…?
ちょ、ちょっと、映画始まるわよっ」
折木さんは僕を揺さぶるので、僕は観念して片目だけ目を開けた。
「起きてるよ、折木さん」
「なっ……
まさか寝たフリ!?」
「折木さんって、思ってたよりいい人なんだね」
てっきり折木さんは、嫌いな相手が隣で映画が始まる前から寝ていても、起こさないで「この人、映画代無駄になったね。ざまーみろ」なんて思うような人だと思っていたけど普通に優しい人だったみたいだ。
「何よそれ……」
僕がくすくすと笑いながら答えると、さすがに怒ったのか「ふんっ」と鼻を鳴らして自分の席に座ってポップコーンを口の中に放り込んだ。
「──私がいい人だなんて、ありえないわ」
映画が始まる直前、折木さんが小さく呟いた言葉は、何故だか僕に、ハッキリと聞こえてくるのだった。
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