第98話 わがまま

「もう、勝てないしやる意味ないよ……」


俯いたままそう言葉を返した星梨さん。

声は若干震えています。


「先程から何度も言ってますよね?やってみないと分からないって」


「やったよ、もう十分……」


「そうですね。でもそれでいいんですか?

星梨さんのやりたいようにやれたんですか?」


「やりたい、ように……?」


その言葉で少し顔を上げた星梨さんの瞳は涙でいっぱいでした。


「私は知っていますよ?

星梨さんがバドミントンが大好きだって。部活の時の星梨さんをみれば誰だって分かります」


それは前に1度、放課後に体育館を訪れた時でした。

部活の友達と楽しそうに、それでいて真剣にプレーしている星梨さんの姿をよく覚えています。


「でも、今日の星梨さんは違います。

だって、私はまだ1度も星梨さんの楽しそうな笑顔を見ていませんから」


「まだ、終わってないよ?」


そう言って星梨さんに歩み寄ったのは羽柿くんです。


「僕がバドミントン始めた理由、彩里は知らないよね?」


羽柿くんは優しい表情で、小さく、私の位置からでぎりぎり聞こえるくらいの声で言いました。


「小さい頃、彩里がバドミントンをやっているのをみて、憧れたんだ。

楽しそうに打ってる彩里を見て、僕もあんな風にできるかなって」


「──!?」


勢いよく、顔を上げた星梨さんの頬を涙が流れます。


「だからこれは僕のわがままだけど、いつだって彩里にはあの時みたいに楽しんでプレーして欲しい。

僕は、そうやってプレーしてる彩里を見ていたい」

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