第97話 わざと

「健人、もう降参しよ…?」


そういった彩里の目には光がないように見えた。


「試合はまだ終わってないけど?」


「もう、こんなの負けたようなもんだよ……」


声からはどんどんと小さくなり弱々しくなっている。

確かに彩里の言う通り、今の状況は15ー6で9点差もついていて正直に言って勝てる気はしない。


それでも──


「じゃあ彩里だけコートからでれば?

僕は1人でもやるから」


僕は彩里を突き放すように、冷たい声でそう言った。


「………分かった」


彩里は小さくそう呟いて、

コートの隅に座り込んでしまった。


──このまま、一方的には負けられない


パン!


宝田さんのサーブ。

線ギリギリを狙った鋭いサーブをなんとか返して次に備えた。


しかし……


「あっ、ごめん」


宝田さんのペアの浜辺くんの声と同時に帰ってきたのは山なりの、チャンスボールと言えるものだった。


(絶対わざとでしょ……)


余計なお世話、でもここは好意に甘えておくべきだろう。


「……っ!」


渾身のスマッシュ。それは宝田さんが反応するよりも早くコート内に突き刺さった。

宝田はそのスマッシュに驚きつつも、すぐにシャトルを拾い上げた。


そして……


「いつまでそうしているつもりなんですか?」


宝田さんは彩里の目の前、僕達のコートの側にやってきてそう言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る