姉よりカッコよくなりたい弟の話
和賀篠 聖
第1話 早乙女家の朝
「くあぁ……」
僕は目が覚めるなり大きなあくびを一つかます。少しだけ目を開けると、カーテンが窓から差し込む日光を吸収して輝いていた。外から鳥のさえずりが聞こえる。
上体を起こし、未だ半開きの目を擦りながらもう一度あくびをする。我ながら平和な朝だ、と思う。
ベッドから出て伸びをしてから、カーテンを開けた。同時にまばゆい日の光が目の中に飛び込んできて、思わず目を細める。今日は雲一つない快晴だ。下の道路には早朝のジョギングをしている人、犬の散歩をしている人などがいる。その他に人影は見当たらない。
「今は……八時か。ずいぶん早くに起きちゃったなぁ」
一般的には決して早い時間ではないのだろうが、今日は休日だ。時間の許す限り寝ていたかったというのが正直なところである。
しかし僕は一度起きてしまうと二度寝ができない体質だ。仕方なく部屋を出て、顔を洗いに行く。洗面所には誰もおらず、というか家全体が静まり返っている。恐らく、誰も起きていないのだろう。休日は寝ていたいという欲求を持っているのは我らが早乙女家の伝統なのかもしれない。
顔を洗って歯を磨いて、居間へ朝ご飯を食べに行く。誰も起きていないようだし、適当にインスタント味噌汁と昨日の夜にタッパーに詰めて冷蔵庫に入れておいた白米をチンした質素なメニューで済ませるとしよう。
居間のドアを開けて中を確認すると、予想通り誰もいなかった。リビングのソファの上には誰かが寝ていたのであろう形跡が残されている。多分父さんだな……。
キッチンへ行き、インスタント味噌汁の素を茶碗に入れ、ポットのお湯を注ぐ。白米は茶碗に移すのが面倒なのでタッパーのままチンし、そのまま食べることにした。
「いただきます」
あたりに漂う味噌汁の芳しい香りが鼻孔をくすぐり、顔を洗ってもまだ半分寝ていた僕の頭を覚醒させる。同時に食欲も湧いて来て、無心で質素な朝ご飯を食べ続けた。本当に日本人に生まれて良かったです。
ここまでは一般的な家庭と何ら変わりのない、ごく普通の朝の光景だろう。細かく言えば他に誰も起きていなかったり結構遅い朝ご飯だったりと一般的ではないところもあるかもしれないが。
そう、早乙女家は普通だ。ある一人と……僕を除いて。
「ごちそうさまでした」
僕は朝ご飯を平らげると、食器を流しに持って行って洗い、後片付けをした。我が家では一番遅く朝ご飯を食べた者が食器洗いをするというルールなのだが、この様子だとしばらく誰も起きてこないだろう。
「よし、部屋に戻ってゲームでもするか……」
すべての作業を終えて部屋に戻ろうとしたとき、不意に居間の外から誰かが走ってくるようなドタドタという音が聞こえてくる。
しかし僕は動じない。落ち着きなく家の中で走るようなヤツ、一人しか思い当たらないからだ。
「薫! 今日もやるよ早く着替えて!」
「うん、とりあえず顔洗って歯磨いて髪整えてちゃんと服着て。特に髪の毛。ベ〇ータみたいになってるよ。あとその手に持ってる服は何?」
勢いよく開いたドアと共に入ってきたのは僕の姉、灯ねーちゃんだ。顔は良いのに生活力皆無でガサツな残念系美人。
僕は怒涛の早口で姉がまずすべきことをまくし立てる。
「これは薫のためにお姉ちゃんが手作りした新しい衣装だよ! 見てこのスカート! すっごく短くて可愛いんだ……ここにニーハイも履いてもらうから、絶対領域も出来てすごくセクシー!」
ねーちゃんは完全にゾーンに入っちゃったな。まるで僕の話を聞いてない。でも手に持ってる服について触れたところだけはしっかり聞いてる。
「ねーちゃん……はあ、どうしてこうなった……」
ねーちゃんは未だに興奮冷めやらぬ様子で、今度は自分の新しい衣装についても語り始めてしまった。
早乙女家はいたって普通の家だ。でも、僕とねーちゃんは普通じゃない。
「僕が女装して、姉が男装する」……そんな性別逆転コスプレイヤー姉弟なのだ。
これはちょっとおかしな姉弟とその他が繰り広げる、かなりおかしな物語。
姉よりカッコよくなりたい弟の話 和賀篠 聖 @Wagashino
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