第33話 『夜中の訪問客』

 村長の家で軽く夕食を済ませ、ラルフが自分の家に帰ってきた頃にはもう随分遅い時間になっていた。

 窓から見える村の半分以上の家から明かりが消え、周辺一帯は物音一つしない静けさに包まれていた。


「………………」


 窓辺に跨ったラルフは、久々に物置から持ち出した自分のペンダントを握りしめて空を見上げる。

 空には相変わらず三つの月が浮かんで、互いに寄り添うようにして仄かな光を発していた。

 しばらくそれを眺めていたラルフは、やがて手元にある例のペンダントに視線を落した。


「……もう、これも必要ないな」


 王国は滅びた。外の状況が全く気にならないと言えば嘘になるが、それももはや今さら……自分一人ではどうにもならないし、またどうでも良いことだった。


 そうやって色んな考えにふけて外を眺めてから幾許の時間が流れる。そして村からほとんどの明かりが消えた頃、ラルフもまた窓を閉めてペンダントを懐に仕舞う。

 そして明日に備えて寝る準備をしていたとき、外から扉を叩く音が聞こえてきた。


 ――トントントンッ。


「……誰だ?」


 ベットに入ろうと片足を掛けていたラルフは、体を起こして扉の方に歩いていった。

 扉を開けてみると、そこには意外な人物が立っていた。


「よう、今時間……大丈夫か?」


 ラルフを訪ねてきたのは自警団のリックだった。

 ラルフが出てくると、彼は少し気まずそうな顔でそう聞いてくる。


「ああ……別に構わんが」

「それなら、ここじゃなくって裏山の方で話さないか? ……大事な話があるんだ」


 硬くなった顔でそう提案するリックに、ラルフは首を傾げて聞き返した。


「ここじゃ駄目なのか?」

「あ、いや……。誰に聞かれるか分からないし……だから、付いてきてくれっ!」


 最後は必死な顔で言ってくるリックに、ラルフは怪訝そうな顔をしながらも頷いた。


「……わかった」

「そうか、それはよかった……。それじゃ、こっちだ」


 ラルフが頷くと、リックはどこか安堵したような表情で先を歩き出した。そしてラルフもその後を付いていく。

 森に入ってしばらく歩くと、木々と茂みに隠れて村の姿が完全に見えなくなる。それでも更に奥へと進むリックにラルフが言った。


「どこまで行くつもりだ?」

「……もう少し。もう少し先に開けた場所があるんだ」


 それっきり会話は途切れ、また二人の間に沈黙が訪れる。

 ただ土を踏む二人の足音だけが静かな夜の森に響く……そのことに、ラルフは異様な違和感を覚えた。


 ――静かすぎる。

 いくら夜とはいえ、鳥や昆虫の鳴き声が何一つ聞こえてこない。それは通常ではあり得ない現象だった。


「……このくらいでいいだろ」


 前を歩いていたリックがぴたりと足を止める。

 ラルフも同じく足を止め……微かに聞こえた風きり音に上半身を屈めた。


 ――ピュ――ッ!!


 風を切り裂く鋭い何かがラルフの頭がいた場所を通り、その髪の毛を数本持っていかれた。

 続けさまにラルフが横へ飛ぶと、もう二つの矢がさっきまでラルフがいた場所に突き刺さる。


「ほう――、まるで獣のような嗅覚と反射神経だな。さすがに、そう簡単にはいかないか」


 前方から聞こえてくる、リックではない男の声。暗闇に覆われた森の中から、黒ずくめの鎧をその身に纏った男が悠然とした足取りで月明かりの下に出てきた。

 そして周囲の木々や茂みからも複数の足音を響かせ、もっと軽装ではあるが同じ黒の鎧を着た男達がラルフの周りを囲む。

 ……その中にはダニエルとロビン、他の自警団のメンバー達も混じっていた。


「これは……どういうことだ」


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