亡国の騎士とユリカゴの少女

冬野未明

プロローグ

第1話 『崩壊』(1)

 リヒテ王国、王都サリエン――全ては燃え滾る炎に包まれていた。

 静寂であるはずだった真冬の夜は、その漆黒の空を白く染め上げていた。立ち上がる黒煙と宙を舞う火の粉。武器がぶつかり合う音と燃え落ちる建物、そして人々の絶叫と悲鳴……その全てが、長く続いた戦争の終焉を物語っていた。


 王都サリエン東地区の外壁近く――乱雑に入り組んだその旧市街では、押し寄せてくる黒を基調とした鎧を身に纏う兵士達と、それを阻止せんとする銀色の防具を着込んだ兵士達で戦闘が繰り広げられていた。


「くそっ! 帝国のやつら、一体どうっやって堀を越えてきた!?」


 銀色の鎧を身に包んだ一人の男が辺りを見回して悪態をつく。

 もう外壁は突破された。戦闘も圧倒的な数の劣勢に立たされ、次々と仲間達が倒れていく。


「避難は!? 完了したのか!? もうこれ以上は持たないぞ!」

 男は突進してきた敵兵を一人切り伏せ、後方に向け声を張り上げる。

 その声色には明確な苛立ちがこもっていた。


「この一帯は全員避難したッ!」


 一通り向こうの広場から聞こえてきた仲間兵士の言葉に、その男は再び声を張る。


「撤退ぃぃッ! 第二内壁まで後退する! 急げっ!!」


 その声で、崩壊気味の前線を何と死守していた王国軍の兵達はすぐさま後退を始める。

 それで勢いを増した帝国兵達が追いかけてくるが、王国軍は入り組んだ狭い道を巧みに利用して追撃をかわしながら撤退していく。


「くっそ、何でこんなことに……。それに、騎士たちは一体何をしている……ッ」


 まだ火の手が回ってない暗い裏路地を走りながら、東地区の避難誘導と戦闘を指揮していた男はそう呟く。

 そもそも彼は一等兵士であり、部隊の指揮を取る立場ですらなかった。

 奇襲の知らせを受け、詰所を飛び出た時の半数を満たない仲間の数。そして隊員達の顔に色濃く滲み出る絶望と諦めの色に……もはや部隊としての運用は望むべくもなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る