第82話
放課後になって、自然と俺の足は普通科を目指し歩き出していた。
それとなく在処をたずねて理由を聞こうと思ったからだ。
俺自らあいつのところへ出向くなど、これっきりに留めたい。
関わるとうるさいし、ただでさえ厚顔で傍若無人だし、面倒で億劫で憂鬱過ぎる。
歩美と杉並がバイトでいないから (つまりは頼れそうな相手が誰もいないから) 暇だったから行ってみようと考えただけで (実を言うと、提出の近い課題が山積みなため暇ではない) 別に俺が在処に会いたいから行くわけじゃないんだぞ。ほんとうだ。
「実はさ……とーっても言いにくいんだけど」
「うん」
「のりおくんがまた仕事辞めちゃって……」
「ほうほう……」
「それでひろみちゃんがかんかんなの」
「はぁ…………なるほどねぇ、いつものやつか」
普通科に行ったは行ったが、在処の姿は教室内には見当たらなかった。
もしかしたらバイト先にでも向かったのかもしれない。
——いいや、あいつが汗水垂らして金を稼ぐような殊勝なたまか?
あれでも血は争えない、面倒くさがりでケチくさくて色々とサボりがちな伯父の血を引く俺のいとこ。認めたくはないが一応はいとこ。
小遣いなど、できるだけ楽な方法で確保しているに違いないんだ。
そんなことを頭に巡らせながら、次に俺が向かったのは最早行きつけとなってしまった調理科の実習室。降旗のところだ。
いつものようにタダ飯をごちになろうと実習室の扉を開いて……——、そこで、尋ね人である在処と目が合った。
「今回はちょっとマジのマジでヤバめで、ひろみちゃん「今度こそ絶対に離婚する〜〜〜っ!!」って、在処の話全然聞いてくれなくてさ。それでうちのなか険悪で居づらくて日に日に帰りたくなくなってきて、途方に暮れてたところをずーちゃんが拾ってくれたってわけ」
ちなみに在処の言う「のりおくん」とか「ひろみちゃん」って登場人物は親のことだ。決して友達や兄弟のあだ名ではない。こいつは小さい頃から親のことをそう呼んでいたのだ。
……正しくは「言わされていた」ってのが真実だが、まあ実に珍しい家族である。
「俺ならお前みたいな捨て犬とか捨て猫見つけても拾いたくないけどな」
「なんでよっ!? こんなにも可憐で儚げな美少女を素通りするっての? そこは拾うの一択しか選びようがないでしょうが!」
「いや、可憐とか儚げって言葉はお前には不釣り合いだろ。降旗の温情に感謝しろよ」
本人から事情を聞き、在処が降旗に迷惑をかけている理由が判明したわけだが、言うまでもなく在処は人間だ。降旗の愛犬だったダックスとは違う。いつまでもこのままじゃあいかんだろう。
「言われなくたって感謝してるってば……」
そう言いながら在処は、降旗の手料理を調理実習台に頬杖をついた状態で口に運ぶ。
この態度、本当に感謝してるのかどうか怪しいところだ。見たまんまなら横柄にしか見えない。とても偉そうだ。
ふと気付いたが、それ……だいぶ懐かしい一品を食べているな。
「これ、博也のぶん」
「あ、ああ……ありがとう。……——降旗、これは?」
「在処ちゃんが教えてくれたマカロニきなこ。試しに作ってみた」
マカロニきなこ。よく幼稚園やら保育園で出されるお子さまに大人気の簡易な料理だ。
マカロニに砂糖ときなこを混ぜるだけで出来上がる簡単過ぎる一品だが、これが中々旨かったりする。
なるほどね。在処のオーダーなら納得だ。
これはさすがに、学校で教わるような高難度の料理とは思えないからな。
「ふふ。ひろくん、懐かしすぎて食べた瞬間泣いちゃうんじゃない?」
「別の意味でなら泣くかもな。在処お手製のお粗末なマカロニきなこより、降旗という将来有望な料理人が作ったマカロニきなこの方が絶対に旨いに決まってる」
「お粗末とかほんと馬鹿にし過ぎ。在処だってこれくらい余裕で作れるんだからね! 知ってるでしょ?」
逆にこれくらい簡単な食べ物は余裕で作れないと恥ずかしい。
これは小学生でも、もっと言うなら俺ですら作れるレベルだからな。
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