第67話

学校での昼食の時間、俺は豪勢なネギトロ丼に舌鼓を打っている。

杏子が調理実習で作ったものを黒いトレーにのせて運んできてくれたんだ。

博也の突拍子もない発言ではあったが、杏子は特に嫌がる素振りも見せずにそれに頷いた。

杏子は昔から美人だったが、高校生になって更に綺麗になった。

杏子が歩いているだけで、周囲の数多の視線があいつに釘付けになる。自然に誰もが道を開けて端による。

普通科の教室を出て廊下で待っていたんだが、杏子と気兼ねなく話す俺を、男どもが羨ましそうな目で見ていた。

歩美ちゃんも卓越した美貌の持ち主だが、どちら派かと問われれば俺は迷わず杏子を選ぶ。

これまで何人のハートを鷲掴みにしてきたのだろう。

こんなことを考えてる俺も、あいつに魅了された男の一人だ。


「諒、それずーちゃんにもらったんでしょ。一口ちょうだい」


「ふざけるな。これは俺のだ。食いたければ放課後調理科へ行け」


博也のいとこの大築在処がいつものようにウザったくからんでくる。

普通科で大築は俺以外に話せる相手がいない。最近は杏子と友達になったようで昼休みや放課後に遊びに行ってるみたいだ。

杏子に迷惑をかけてないといいのだが……。


「言われなくたって行くけどさ。さっきカップ麺のお湯もらいに行ったとき放課後くればって誘ってくれたし」


大築の昼食は週5でカップ麺だ。

自分で弁当を作ってくるような淑やかなタイプでないのは、言動から十分察せられる。

俺は大築がカップ麺以外を食べてるのを見たことがない。

以前は学食でお湯を調達していたな。


「そうか、そりゃよかったな。早く食べないと麺がのびるんじゃないか」


「おおっと、そうだったそうだった。諒なんかと話してる暇無いんだった」


諒なんかとは失礼なやつだと思ったが、いちいち口に出すのも面倒だったし、こっちこそおまえに構っている暇はない。

杏子の作ったメシを堪能する時間が短くなるからな。


(うん。うまい……)


口に入れた瞬間にネギトロがとろける。醤油や海苔と相性抜群だ。

杏子が渡してくれたトレーの上にのっていたのはネギトロ丼だけじゃない。

他に味噌汁と漬物までセットでつけてくれていた。

赤だしの味噌汁の具は豆腐とワカメ。これがまた最高で、俺の好みのちょうどいい塩梅。

教室でネギトロ丼を食べている俺は、クラスの連中からはかなり浮いて見えるかもしれない。


——それでも、上には上がいるもので、カップ麺を豪快に啜り辺りに汁を飛び散らしている大築の方が、圧倒的に目立っていた。








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