第66話


「最近お客が多い。これまでは暇を持て余した博也がぶらぶらご飯をたかりに来るだけだったのに」


「その言い方、あんまり温かみを感じないな。もうちょっと優しく言い直してくれ」


二、三日ぶりに調理科を訪れてみればこれである。

ここに来るたびにゴチになっているのはたしかだから反論はできない。

在処が何度も足を運ぶようになってから、俺は少しの間タダ飯を喰らいにくるのを遠慮していた。

在処がいるとうるさくてのんびりできなくて嫌なのだ。


「杏子、おかわりもらえるか」


「あ、うん。ちょっと待ってて。博也もそんなとこ突っ立ってないで座ったら」


在処は来てないみたいだが、先客に諒がいた。

椅子を引いて、諒の隣に腰掛ける。

いつ頃からいたのかは知らないが、おかわりを所望しているあたり三十分くらい前か。


「はい。どうぞ」


「杏子の作るメシはどれも最高だな。ハズレがない」


「諒に褒められても社交辞令にしか聞こえないけど、それでも嬉しい」


諒が降旗から受け取った器に盛られているのはご飯と八宝菜。

これは俗に言う中華丼ってやつかな。いっぱい具材が入ってて実にうまそうだ。


「ふりはたー。俺、ヤングとかうずらとかきくらげ多めがいいー。あとにくー」


「注文つけすぎ。ヤングコーンは入ってないから、それ以外ね」


なんだかんだ言っても、俺のわがままを聞いてくれる降旗ってやっぱ優しいよな。

ヤングコーンが入って無いのは少しだけ残念だが。


「珍しいな。諒がここにメシ食いにくるなんて」


「おまえが羨ましいよ。俺にこの環境は不釣り合いだ。順応できる気がしない」


諒はこの視線、俺達(主に降旗と諒)に向けられている女子達の注目に耐えられないのだろうが、美男美女が揃っていれば自然と目が行くもんだ。

唯一、降旗のことを下の名前で呼び捨てにして呼んでいるのは諒だけだし、二人がどんな関係なのか気になってたりするんじゃないのかな。


「場数を踏めばそんなに気にならなくなるぞ。もうだいぶ慣れた」


そもそも俺が一人で来る時は、これほどの数の熱視線を浴びたりしないからな。

何度も言うようだが、眉目秀麗な諒と閉月羞花の降旗の組み合わせが大勢の興味を引いてるんだよ。


「お待たせ。こんな感じでいい?」


「おお、ちゃんと俺が言った通りだ。文句無し」


降旗から中華丼を受け取り、さっそく口いっぱいに頬張る。

うん。うまい。絶品だ。


「俺も博也 みたいに毎日杏子の作るメシが食いたい。誰にも憚かることなく思いっきり味わいたい」


「毎日くればいいじゃん」


「放課後は色々と用事があるんだ。中々時間が取れないんだよ」


諒って部活とかバイトとかやってたっけ? 家に帰ってから習い事とか通ってたりするのかね。


「だったら降旗に昼休みに届けてもらったらどうだ? 調理実習が終わってからすぐにさ」


「ばか。そんな迷惑かけられるか。杏子の手間が増えるだけでなんのメリットも無い」


「別にいいよ。食べたいって思ってくれる人に食べてもらったほうが、あたしも満たされるから」


俺の勝手な提案を拒否する諒だったが、降旗の答えは即答でオーケーだった。












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