第65話


一筋の涙が在処の頰を伝う。

敵対していた降旗に「在処ちゃん」と呼ばれて感極まったみたいだ。


『……降旗さん』


『なあに』


『スキ』


『……う、うん。ありがとう』


『ずーちゃんって呼んでいい?』


『それはイヤ』


とまあ、こんな会話が調理科の実習室内であった。

あの日から在処はちょくちょく降旗のところに顔を出すようになって、俺の特別だった場所が奪われたような気がした。

よっぽど降旗と友達になれて嬉しかったんだろうさ。

「スキ」とか「ずーちゃん」とか言われて、降旗は困惑してたけどな。



「杏子が大築の友達第一号になってくれてよかったよ。あいつ、普通科でいつも孤立してるからさ、心配はしてたんだ」


そう述べるのは高橋諒。俺の親友のイケメン様である。

これまでのことは深く知らないが、高校生活が始まって結構経つのに未だに友達0人だったとは。

ウザいとその名が轟いている在処にも、一人や二人くらいは存在すると思っていた。


「しっかし、酷い絵だな。とても美術デザイン科の生徒が描いたとは思えない」


「これでもマジメに描いてるんだけどな。やっぱ慣れないことはするもんじゃねぇな」


今日も頼りの歩美さんはバイトに精を出している。

そのため、放課後は俺一人でデザイン棟に残って、課題のデッサンを描いていた。

そこに諒がふらりとやってきて、在処の近況を俺に伝えてきたってわけだ。


「どれ、貸してみ」


「お、おう」


歩美と同様になんでもそつなく熟してしまう諒にとって、デッサン画を仕上げるくらい朝飯前。

進捗が非常に遅かった俺の絵がどんどん完成に近づいていく。

歩美にも手伝ってもらった場合、この作品、歩美と諒の合作になっちまうな。


「絵なんて久々に描いたが、描き始めると中々面白いな」


「諒、そう思えるのは絵の上手い人間だけだぞ」


「そうなのか? 博也がそう言うんだからそうなのかもしれないな」


諒は出会った頃からほんとうに面倒見がいい。

困っている人を見つけたら放っておけないタイプで、幾度となく誰かを笑顔にしてきた。

俺も何度も助けてもらってる。

歩美のこともそうだし今回の在処のこともそうだ。

在処が一人にならないようずっと近くで見守ってくれていたんだな。

在処はイケメンの諒が気さくに話しかけてくれるから、自分に気があるんじゃないかと勘違いしてそうだけど。


——しかしまあ、諒の言う通り降旗が在処の友達になってくれてよかった。

降旗と友達になれたんなら、歩美と在処が同じような関係になれる日も近いかもしれない。











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