第61話


——誰がこんな展開を予想できただろうか?


翌日の放課後、在処は降旗というその道の卵を相手に逃げなかった。

てっきり尻尾巻いて逃走するとばかり思っていたが、奴は今調理科の実習室で勇敢に戦っている。

どうやら俺は、在処を見縊りすぎていたみたいだ。


『厚焼き玉子。あれ、ありか、めっちゃくちゃ得意なの。絶対降旗さんより上手だから』


『そうなんだ。あたしよりも上手なんだね。だから? としか言いようがないけど』


『在処と厚焼き玉子で勝負しない?』


『あなたの得意料理でバトルしてあたしになんの得が?』


『得とか損とかどうでもいいの! あんた調理科なんだから厚焼き玉子作ったことあるでしょ! だったら厚焼き玉子でいいじゃないっ!」


先刻、こんなやりとりが二人の間であって現在に至る。

いかにも厚焼き玉子だけに絞って練習してきましたって感じだったな。

「だったら」の意味がちょっとわからなかったが、降旗をむりやり納得させて厚焼き玉子勝負に持ち込んだ割には、すんげぇ苦戦してる。


「厚焼き玉子ってそうやって作るのか。くるくる回して面白そうだ」


「面白いよ。ストレス解消に効果的」


「変わったストレスの解消法だな」


「博也もやってみればあたしの言ってる意味がわかる」


何度か歩美が作ってくれたが、実際に調理している場面を見るのは初めてだ。

四角いそれ用のフライパンの上で、黄色一色の玉子が転がって転がって段々と大きくなっていく。


「あれ、おかしいな……卵くっついちゃった……なんでなんで……っ!」


なにやら在処が落ち着きのない声をあげている。

ちょっと見たところ、フライパンに玉子がへばりついてぐちゃぐちゃになっていた。

失敗したのだとすぐにわかるほどに酷い惨状だ。


「作り方間違えてたり作り慣れてなかったりするとフライパンにくっついちゃうよ。厚焼き玉子が十八番だって豪語する痛い人には余計なお世話かもしれないけど」


「ねぇ、そろそろその「痛い人」って呼び方やめない。ものっそい不愉快なんだけど?」


「じゃあなんて呼べばいいの。名前なんだっけ?」


「どうせ知ってるくせにてきとーばっかり言って! 何回も「ありか」だって言ってんでしょ!」


降旗は心底興味無さそうに「そうだっけ?」と、在処の話に耳を傾けてやっている。

降旗と在処の作業スピードだが、降旗はずば抜けてはやく在処は非常に遅い。

在処はぐちゃぐちゃになった玉子達をうまく結集させ、どうにか軌道修正に成功したようだ。

隣にいる降旗の手元を凝視して大胆にカンニングしている。


「ふーん。なるほどね」


なにかヒントを得たかのようにうんうんと頷く。


(これもう、在処の負けでいいんじゃね?)


調理中の段階でそう思ってしまえるくらいの手際の悪さだった。













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