第58話


「へぇ……そんなに美味しいんだぁ。降旗さん、ありかにもお一つ味見させてくれない?」


忽然と調理科の実習室に現れ、俺の真隣に腰を下ろしたのは、俺のいとこ(一応)の大築在処。

最近やたらと降旗に絡んでくる、自分を美少女と信じて疑わないちょっと痛いやつだ。


「えっと……ごめん。誰だっけ?」


「ありかよありかっ! 大築在処!! 普通科の一年の! 知ってるでしょ!?」


流石にこんな喧しい存在を降旗が認知していないとは思えないから、十中八九わざとだろう。

美術デザイン科もそうだが、調理科も部外者の出入りが頻繁だな。

在処は曲がりなりにも女子だし、それに関しては溶け込みやすくて羨ましい。

俺、結構目立っちゃってるし……。


「ああ。そのなまえなら聞き覚えがあるような無いような……たしか、博也のいとこで一人称の痛い人だっけ?」


「ばりばり覚えてんじゃないのよ。忘れたフリなんかしてありかをバカにして。あんたほんと何様よ」


「別に何様でもないけど。用が無いならとっとと帰ってくれるかな。目の前に座ってられると至極不愉快。ありかありか病が移りそうでなんかイヤ」


ありかありか病と聞いて、口を押さえ必至に笑いを堪えている俺がいる。

感染したら一人称が「ありか」になる病気かなにかかな?


「ちょっと! 他人の名前勝手に使って変な病名生成しないでくれる! あんまりありかをいじめるとひろくんが黙ってないから。ねっ!ひろくん!」


「いや、黙ってるが?」


「なんでよっ!?」


「だって俺、降旗の味方だしな」


「ちょっと待って。ここはひろくんが大好きで大好きでしかたないいとこ、ありちゃんの味方をするところでしょ?」


おい、それこそちょっと待て。

俺がいつお前を大好きで大好きでしかたなくなった?

戯言もいいかげんにしてほしい。

不必要に歩美を怖がらせた一件もあるし、逆の嫌いで嫌いでしかたなくならなりつつあるんだが。


「在処、一目のあるとこで男子にくっ付くと噂になるぞ。いいのか?」


何が悲しくて、俺はこいつの心配をしてやってるんだろうな。


——あ、そっか。


これは自分自身の心配から出た言葉か。


「ふふ。ありかみたいな完全完璧な美少女と噂になれるならひろくんも本望でしょ」


「博也嫌がってるよ。べたべたするのやめてあげたら?」


「ありかにボディタッチされて嫌がる男なんてこの世に存在しないから。なあに、もしかして嫉妬?」


わざわざ口に出したりはしないが、相変わらずのど偉い自信だ。

今のセリフ、降旗が言ってたら説得力あったんだけどな。

絶対に言わないだろうけど。

聞いてるだけでこっちまで恥ずかしくなってくる。後々黒歴史になりかねない言葉だ。


「嫉妬? そんなのわざわざあなた相手にする必要ない。博也がさっき言ってたよね。降旗の味方だって」


降旗はそう断言して、注文通りに一人分のハッシュドビーフをありかへ提供した。


「はい。勝者から敗者へ心ばかりのプレゼント」


降旗から在処へ、結構な辛辣な言葉が炸裂する。

水火の仲ってのはこの二人によく当てはまることわざだなと、そう思った。










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