第57話

「——ありがとね」


「ん、どうした? 俺、おまえに感謝されるような行いは何も——」


「してくれたでしょ。ダックスの言伝をあたしに教えてくれた」


「ああ……その件か。それならなんも気にすることねぇよ。俺が勝手に喋っただけだからな」


現在俺は、調理科の実習室にて降旗が調理しているカレーらしき料理が出来上がるのをおとなしく待っている。

今日の放課後は歩美がバイトで不在なため課題が思うように進まなかったのもあるが、昨日の今日で降旗の様子が気になってちょっと寄ってみた次第だ。


「それより、まだ出来ないのか? その……なんだ……なんちゃらビーフってやつ」


「ハッシュドビーフね。もうすぐできるからあんまし急かさないで。博也のくせに生意気」


しっかし、調理科もうちとあんま変わらんな。

放課後に生徒が居残って腕を磨く光景はどこも同じってか。

学校には極力残らずにとっとと家に帰りたい派の俺からしたら、楽しそうに学校ではしゃいでる奴らの気が知れないわ。

ここにいる女子達からは、料理をするのが心から好きな気持ちが嫌という程伝わってくるし、美術もデザインもそこまで好きじゃない俺とは大違いだ。


「できた。こんなもんかな」


「おっ、やっとか。待ちわびたぜ」


降旗が完成したハッシュドビーフとやらをごはんと一緒に皿に盛り付けていく。

今日の授業で教わったものをさっそく復習として作ってみたみたいだが、お味の方はいかがかな。

漂ってくる甘美な匂いからして、絶対に美味い。見た目はお洒落なカレーって感じだ。


「味のほうは保証しないけど、召し上がれ」


味は保証しない。

降旗が発する聞き慣れた言葉だ。

ハッシュドビーフを受け取ったあとで、俺は一つため息をつく。


「おまえ、少しは自分の作った料理に自信持てよな。味も見た目も匂いも最高の仕上がりなんだからさ」


照れ隠しなのかなんなのか、降旗は俺に対してだけだいたいの頻度で味を保証してくれないんだ。

こいつの料理が不味かったことなんて一度たりとも無いから、味の心配なんかする必要は皆無だし、杞憂するのもアホらしい。


「褒め過ぎでしょ。第一、まだ食べてもいないのに味まではわからな——」


「ほらな。すげぇ美味い」


素直で率直な感想が俺の口からこぼれ出る。

ダックスにも味あわせてやりたいな。

つい笑顔になっちまうくらいに秀逸で上質な旨さだ。


「やっぱり……博也って生意気」


「はあ? なんでだよ」


「そんな爽やかな笑顔でおいしいなんて言うから、ちょっとだけドキッとした。……なんだか負けた感じがする」


こいつは一体何と戦ってるんだろう。ときどき降旗は変なことを言う。


——しかし、


ちょっとだけ頰を赤らめた降旗を見るのは、なんか新鮮だな。
















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