第54話


——そうか。だから俺の中には、降旗とダックスの記憶があったんだな。


好きな食べ物がやたらと似てきていたのは、ダックスの魂の影響かもしれない。


「別に俺は怒ってないぞ。おまえは降旗の家族だったんだろ。大切な人に会いたいって願いは誰しも持ってるもんだ。そのくらいの目的のためならいつでも体くらい貸してやるさ」


「博也君は優しいね。これまで散々体を好き勝手にされてきたのに。なんだかそういうところ、あんずちゃんに似てるかも」


俺は今、おそらく夢の中にいる。

そうじゃなきゃ、犬でしかも魂だけになったダックスと話してるなんてとても信じられないからな。

だってさ、人間の言葉が犬相手に通じるなんて普通はありえないだろ?


「俺の優しさなんか、降旗にはとても及ばないよ。——それより、ほんとうに成仏しちまうのか。このまま一緒にいてくれても構わないんだぞ。伝えたいことがあるなら、自分で直接面と向かって言ってやれよ。そのほうが、降旗だって喜ぶと思うぞ」


「……ありがとう。博也君の気持ちはすごく嬉しいけど、それでもぼくの決心は変わらないよ。ぼくは成仏する。可能性は限りなくゼロに近いとは思うんだけど、来世に賭けたいんだ。うまくいけば、あんずちゃんとまた巡り会えるかもしれないし。——それに、あんずちゃんホラーとか苦手だから、ぼくだって伝えても怖がらせちゃうだけだよ」


ダックスの意思は堅い。

やっぱ、他人の体を借りるよりも自分の体が一番ってことか。

そこまで方針が決まってるなら、俺がこれ以上何か言うのは野暮ってやつかもな。


「そっか。わかったよ。降旗のことは俺に任せろ。お望み通り、おまえの伝言はちゃんと伝えといてやるから」


「うん。頼んだよ。よろしくね、博也君」


ダックス最後の別れの言葉。

俺が目を覚ましたのは、それを聞いてすぐあとだった。


「どうして博也まで泣いてるの……? 博也も怖い夢見た……?」


降旗に言われて、自分が涙を流していることに気付く。

まさかとは思うが、降旗も俺と同じ夢を見ていたのだろうか?

通学路の出会いから始まって最後のあの凄惨な場面まで、一人と一匹の実際にあった思い出の数々を。


「……ダックスは、おまえと一緒に居られて幸せだったってさ」


「……なに、言ってるの? 意味わかんない」


「ダックスの言葉だよ。おまえに伝言を頼まれたんだ。信じようと信じまいと構わない。でも、真剣に聞いてくれ」


まじめな顔で降旗と視線を合わせる。

きっと、正直に話したところで、すべてを一度で理解するのは不可能だろう。

バカにしていると思われてもおかしくない、常識から外れた実話だからだ。

下手すれば降旗に嫌われかねないな。

……だが、それでも俺は伝える。

ダックスに頼まれた伝言を、一言一句正確に、間違いのないように……。

















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