第53話


「ねぇ、ダックス。死んじゃったら何もできないんだよ。知ってるでしょ……? ごはんも食べられないし、お散歩もできない。お話したり一緒に遊ぶことだってできないんだよ……」


ぼくの亡骸を大事そうに抱えて、あんずちゃんが涙をこぼす。

ぼくが死んだことで、あんずちゃんがかけてくれた言葉は、自動的に独り言となった。


警察に逮捕されたあの男は、無職で四十代後半。

長年勤めてきた職場を辞めさせられ、新しい仕事に中々就けず、日に日に自分より恵まれた境遇にある人達に対する憎悪が募って犯行に及んだらしい。

ヤケになって片っ端から裕福そうな家庭を襲撃したようで、あの日被害にあったのはうちだけではなかった。


あんずちゃんのご両親の判断で、引っ越しと転校が早いうちに決まった。

人殺しが我が物顔で闊歩しめちゃくちゃにした家など、気持ち悪くて住めないという理由だった。

もちろん次が無いとは限らず、子供達の安全を考えての決断でもある。


ぼくの魂はしばらくこの世に現存していた。向こうから気付いてもらえないのは寂しいけど、もしかしたらこの姿のままずっとあんずちゃんを見守っていけるかもしれない。

そう思っていたんだけど……願いとは裏腹に、望み通りにはいかないものだね。

ぼくの魂、日が経つごとにちょっとずつ薄くなってきてるんだ。確実に消えかかってる。

どうしたら消えずに済むか思考しながら、引っ越した新しい家の周辺を浮遊してた。

ぼくの魂と通りすがりの男の子の体が重なったときだと思う。

不思議な現象が起きたんだ。

その男の子の体に、ぼくの魂が吸い込まれた。

以来、ぼくはその男の子の中にいる。

名前は、博也君というらしい。

運が良かったのか、その子はあんずちゃんが転校する小学校のクラスメイトだった。


博也君の中に入ったあと、魂の透明化がピタリと止まった。

これは多分だけど、憑依と呼ばれるやつだろう。

ぼくは自分でもわからないうちに、他人に取り付くという最低な行為をやってしまったんだ。

死んで魂だけの存在となってしまった者が、この世界にとどまれる唯一の手段。

幽霊だけが使える特殊能力のようなものかな。

博也君と一緒にいれば消えずに済む。

しかも、あんずちゃんの近くにいることができるんだ。

中学校が別々になっちゃったのは残念だったけど、あんずちゃんのことが頭から離れなくて、何回か博也君の体を借りて様子を見に行ってた。

高校生になって、また同じ学校に通えたのは嬉しかったな。

……でも、こんな生活もそろそろ終わりにしないとね。

あんずちゃんとお別れするのはすごく辛いけど、いつまでも博也君を頼るわけにもいかない。

博也君、今まで勝手に体を借りてしまってごめんなさい。


一方的なお願いで本当に申し訳ないんだけど、最後に君の口から、あんずちゃんにこの言葉を伝えて欲しいんだ。







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