第51話
振り上げられた得物に付着した生々しい血液は、杏也君を打擲した時に付いたのだろう。
この男の一撃により意識を失っているのか死んでしまったのか、杏也君の気配をまったく感じられない。
——あんずちゃんを守れるのは、もうぼくだけなんだ。
「おうクソ犬。おめぇもあの世に行きてぇか?」
(そうだね。ぼくは君に殺されてあの世に行くかもしれない。だけど、あんずちゃんには指一本触れさせないよ)
男はぼくに狙いを定めて、容赦なく金属バットを振り下ろす。
その野蛮な一撃を、後ろに下がることによって上手く躱した。
もろにぶち当たったフローリングに亀裂が入る。なんて馬鹿力なんだ。
「ちょこまかと動きやがって!」
(そう簡単にやられてはやれないでしょ。だってぼくには、あんずちゃんを君から守るっていう大事な使命があるんだから)
「クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬クソ犬———!!」
何度も何度も攻撃を躱されて、男はかなり苛立っていた。
得物をむやみやたらにめちゃくちゃに振り下ろすが、中々当たらない。
ぼくはワンパターンな攻撃を右や左に避け続ける。
あんな重たい一撃を一発でもくらったらおしまいだ。立ち上がれる自信はない。
……でも、ただ避けてるだけじゃダメだ。それではいつまでたっても決着がつかない。
ぼくのスタミナも切れて、いつしか限界を迎えるだろう。
こっちからも攻撃を仕掛けずには終われないか。
「ワンワン!ワン!!」
金属バットがフローリングに衝突した瞬間を狙って、男の利き腕に飛びつく。
やりたくは無かったが、正当防衛と自分に言い聞かせ思いっきし噛み付いた。
「うぎゃあぁああああっ!? やめっ、やめろ……っ!離せえぇええ……!!」
鋭い牙が最大の武器だ。犬ができる攻撃と言えばこれしかない。
あんずちゃんをこわがらせて、杏也君を傷付けた報復だ。
男は痛みに耐え切れず、握っていた金属バットを床に落とした。
もう片方の手で負けじとぼくの頭を殴ってきたが、こちらも噛む力を強め反撃する。
「いっ、いいかげんにしろ……っ!いてぇ!いてぇんだよおぉおおっ!!」
(……痛いのはぼくだって同じだ。君に何回も殴られて頭から血が出てる)
男はぼくの頭を殴るのを中断し、凄まじい痛みに涙目になりながら、噛まれている利き手をぶんぶんと振り回す。
殴り続けて痛みを与えたり引っ張って引き剥がそうとしても、ぼくが噛み付いたまま頑なに解放しようとしないからだ。
手荒に振り回されたぼくの体はとうとう吹っ飛び、あんずちゃんの目の前に落下した。
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