第50話
窓ガラスが盛大に割れる音が、家の中に響き渡る。
庭に侵入した何者かが、自前の金属バットを使って一階の窓を打ち破った。
普段ならインターホンで来客者の姿を確認してから応対するのだが、故障中で画面が映らず、その日はのぞき窓で確認するしか方法がなかった。
小学生が一人で留守番するのは何かと危険も多く、こういう場合は一般的にドアを開けないほうがいいと言われている。
杏也君はバイトに出かける前『誰かきても絶対に開けちゃダメだぞ』と、あんずちゃんに念を押していた。
あんずちゃんはその言いつけを守って、チャイムが鳴っても部屋から一歩も動かず、留守を装い続けた。
——しかしその来訪者は、とにかく執拗にチャイムを鳴らした。
家の者がいくら待っても出てこないにも関わらず、何度も何度も何度も。
まるで、家の中に誰かいることを知っているかのように……。
あんずちゃんがのぞき窓から見たのは、パンチパーマに鋭い双眸の小太りの男。
きっと、右手に握っていた金属バットを視認して、背筋が凍りついたのだろう。
心配で一緒に一階までついて行ったぼくは、あんずちゃんの動揺している様子が手に取るようにわかった。
男に悟られないよう、極力音を立てずに玄関から離れる。
自分の部屋にすぐさま戻って、携帯で助けを求めるつもりだったんだ。
だけれど、あんずちゃんの行動よりも男の凶行の方が遥かに早かった。
玄関前に居たのを感付かれたのかもしれないね。
「ワンワンっ!!」
恐怖のあまり床に座り込んだあんずちゃんは、体が竦んでそこから一歩も動けずにいる。
ぼくは吠えて威嚇し、不躾に家の中に入って来た男の目の前に立ちはだかった。
「逃げろあんず! ダックスと一緒に逃げろ!こいつは俺がなんとかするっ!」
ぼくが戦う決意を固めたまさにそのとき、颯爽と現れた杏也君が背中を蹴り飛ばし男を転倒させる。
手に持ってるのはお父さん愛用のゴルフクラブだ。
「いっでぇえええ……クソガキ、てめぇえ!!」
「お兄、ちゃん……どうして……?」
男は声を荒げて怒り狂う。立ち上がり、得物を握り直して杏也君に襲いかかる。
振り下ろされた金属バットをうまくゴルフクラブで受け止めると、鍔迫り合いの形になった。
「今のうちだ!早く行け!」
「で、でも……お兄ちゃんが……」
「俺のこたあどうでもいいんだよ! 妹を守んのがお兄ちゃんのつとめだろうがっ! ダックス、あんずを頼む!」
ぼくは体が震えて動けないでいるあんずちゃんの服を噛んで、裏口から逃げようと引きずっていく。
あんずちゃんの体重が軽くて助かった。ぼくの力でもちょっとずつなら動かせる。
「ダックス……どう、しよう……体がね、うまく動かないの……立てないよ……」
無理もない。突然殺されかければ誰だってそうなる。
ましてや、あんずちゃんはまだ子供だ。現在感じている恐怖は計り知れない。
杏也君がアイツを足止めしてくれている間に、なんとか逃げ切れたらいいのだが……、
「どけぇ!邪魔だ!」
頭を殴られたような鈍い音が聞こえた。
男の怒声のあとすぐ、何かが床を転がる。
「……次はてめぇ等の番だ」
——こちらにゆっくりと足音が近付いてくる。
死の宣告を告げる男の声に、ぼくはゾッとした。
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