第39話


「今日の調理実習お題が自由でね、だから博也の好きなゼリーにしてみた。食べて」


降旗が調理実習で作った食べ物をくれるのはいつものことだが、今日の降旗はやたらとご機嫌だ。

俺には滅多に見せないような輝かんばかりの笑顔。容易に何か良いことがあったのだと予想ができる。こりゃ、在処との小競り合いなんて少しも気にしちゃいないな。

俺の好きな食べ物の一つであるゼリーだが、これはある日を境に急に好物の一つに加わった。

これ以外にも焼き魚や麦茶などが挙げられる。不思議な事象だが、本当に起こったことだ。


「お、おう……ありがとう。いただきます」


放課後は歩美がバイトに行ってるからやむなく一人で課題に取り組んでるんだが、これがどうも俺一人の力ではここまでが限界のようだ。

あとは歩美が残れる日に手伝ってもらうしかない。

特にやることが無くなってデザイン棟の教室でボーっとしてたら、降旗がゼリーを差し入れに持ってきてくれたんだ。


「……味、どう? ちゃんとできてる?」


「——うん。店で売られててもおかしくないくらいにうまいな」


「そう。ならよかった」


降旗が作ったゼリーは、コーラゼリーとレモンティーゼリーの二つ。

この二種類のゼリーは、降旗の飼っていた愛犬ダックスの好きだったゼリーみたいなんだよな。

こんなことって信じられるか? ふつうここまで好物が合致するものだろうか?


「今日ね、ダックスの夢を見たの。一緒に住んでたときの夢」


「ミニチュアダックスフンドのダックスだろ。いつ聞いても名前が安直だな」


「これでも一応頭を捻って考えたんだって言ったよね。博也のくせに生意気」


最初はにするつもりだったらしいし、ダックスの方がまだマシだとは思うけれど。

それでも、ネーミングセンスが酷いのは同じだ。


「で、具体的にどんな夢だったんだ?」


「一緒にごはん食べたり散歩したり遊んだりお風呂入ったり。毎日、あたりまえにしてたことかな。……ほんと、懐かしい夢だった」



……なんだろう。この不思議な気持ちは。


当時のことを知らないはずなのに、降旗の話を聞いているだけで、その情景が容易に頭に浮かんでくる。

まるで、俺の中にダックスがいるみたいな感覚だ。

我ながら自分でも何を言っているのか不明瞭だが、そうだとしか考えられないほどに、次々と降旗との思い出の数々がフラッシュバックされていく。


「どうしたの、博也……?」


「……え? ああ、悪い。ゼリーのあまりの美味さに感動してた」


突然かけられた声に、つい返答を誤魔化してしまった。


……正直に言うべきか?


いや、言ったところで信じてもらえるのかどうか。

最悪の場合は、「何言ってんの?」って、一笑に付されて終わりだろうな。


実を言うと、違和感はもっと前から感じてたんだ。


降旗からダックスの話を聞かされるたびに、思わず涙がこぼれ落ちそうになるような愛おしさと、他人事じゃないような親近感を覚えていた。


——俺は一体、何者なんだ。














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