第45話
「お兄ちゃん、ジュース買って」
「あいよ。なんにする?」
散歩の途中、あんずちゃんが杏也君に飲み物を催促する。
杏也君は迷うことなく財布を取り出して、自動販売機にお金を投入した。
「リンゴジュース。それと、ダックスに麦茶」
「別にいいけどな。ダックスはペットボトルじゃ飲めないと思うぞ」
「……あ、そっか。じゃあお兄ちゃんが手を器のかわりにして飲ませてあげて」
「じゃあの意味がわからん。まあ、やるけど」
杏也君、あんずちゃんの言うことには大抵何でも従う。
シスコンだしわかってはいたけど、妹に対して激甘だ。
ぼくは、杏也君が自分の手に注いでくれた麦茶をありがたくいただく。
ちょうど水分を欲していたところだったんだよね。
「ダックス、おいしい?」
「ワンワン!」
「お兄ちゃん、おいしいって」
「こいつ、まるで人間の言葉を理解しているかのようなタイミングで返事を返すよな。しかも、ほぼ毎回」
杏也君は中々鋭い。
たしかに、ぼくは人間の言葉がわかる。
ぼくはというか、飼い犬は大体がそうなんだと思う。
人間と接する時間が長いからだろうか、覚える気が無くともいつのまにか習得してしまうんだ。
「なんとなくならわかるんじゃない? あたしも、ダックスがワンしか言えなくたって喜んでるとか怒ってるとかなんとなくわかるし。それといっしょ」
「それといっしょか。そうかもな。そういうことにしておこう」
杏也君の口ぶりは、あまり合点がいかないような受け答えに感じる。
話しかけられて無言よりかは何倍もいいと思うんだけど……犬ってそんなに無口な生き物ですか……?
「さすがに、突然人間の言葉で喋りだしたら気持ち悪いかもしれないけどね」
「気持ち悪いは気持ち悪いが、ダックスを使って金儲けができるかもな。人間の言葉を喋れる犬なんて、この世に一匹もいないだろ」
「意地汚い。ダックスはそんな風にこき使われるの望んでないと思う」
ぼくは人間の言葉が理解できても喋れはしない。そうだったらどんなにいいか。
口にできるのが「ワン」だけだとやはり限界がある。
あんずちゃんに、いつもありがとうの言葉を伝えるにはどうしたらいいのかな。
何かいい方法があるなら教えてほしい。
「もしもの話をしてそこまで言われるとは思ってなかったぞ」
「もし人間の言葉が話せたとしても、ダックスを物とか道具みたいに扱っちゃダメ。ダックスは降旗家の立派な一員なんだから。家族なんだよ」
「わかってるよ。適当なこと言って悪かった」
あんずちゃんは犬であるぼくのことを家族のひとりとして数えてくれている。
こんなにも嬉しいと感じる言葉はない。
いつかあんずちゃんに、恩返しができたらいいな。
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