第42話

「ここでちょっと待ってて。部屋にランドセル置いてくる」


あんずちゃんは、ぼくを二階のお風呂場におろして自分の部屋に行った。

あの様子だとすぐに戻ってくるだろう。綺麗なお風呂場を可能な限り汚さないよう、おとなしくじっとしていよう。


「おまたせ。すぐにキレイにしてあげるね」


ぼくのからだはあんずちゃんの手によってシャンプーされ、あっという間に泡だらけになった。

マッサージするように丁寧に優しく洗われて、汚れていたからだがどんどん綺麗になっていくのがわかる。

全体を隈なくシャワーで泡を落としたら終了だ。


「……これでよし」


濡れたからだをタオルで拭くだけじゃなく、ドライヤーで乾かしてもくれた。


「ワンワン」


「なあに?」


言葉は通じない。わかっちゃいるけど、お礼を伝えずにはいられなかった。

ありがとうって言ってるんだけど、上手く君に伝わればいいな。


「……なに言ってるのかはわからないけど、キレイになってよかったね」


「ワン!」


——ぼくは現在、あんずちゃんに連れられてあんずちゃんの部屋の中にいる。


あんずちゃんが用意してくれたのは、器に入れたミルクとドックフード。


犬用ミルクとドックフードは、あんずちゃんのおにいさんが近くの店でわざわざ買ってきてくれたそうだ。


兄妹揃って優しすぎる。


「おいしい? うちのお兄ちゃん、たまに気がきくんだー。ほんとーにたまにだけどね」


猛烈にお腹が空いていたぼくは、ドックフードとミルクを物の数分で食べ終える。

ごちそうさまでしたと、あんずちゃんの顔を見て心の中でそう伝えた。


「あなたの名前、名無しの権兵衛君じゃかわいそうだってお兄ちゃんが言うんだ。別のちゃんとした名前付けてやれって。あたし、ネーミングセンス皆無だからあんまり期待しないでね」


さっき、おにいさんにぼくの名前付けたのか聞かれてたもんね……。

あんずちゃんは正直に名無しの権兵衛って答えてたけど、おにいさん笑ってたね。


「うーん……どうしよっかなー……たしかお兄ちゃんが、さっきマニキュアがどうとか言ってたよね?」


ベッドの上に座って腕を組み、ぼくの名前を真剣に考えてくれている。

マニキュアじゃなくてミニチュアだけど。


「……あれ、マニキュアであってたかな? お兄ちゃんにもう一回聞いてみよ」


そう言ってあんずちゃんは、スマホを操作しておにいさんに電話をかけた。

おにいさんは少し前どこかに出掛けたらしい。


「お兄ちゃんさっきマニキュアがどうとか言ってたよね——ミニチュアダックスフンド……? わかった。ありがと」


おにいさんとの電話が済んで、再びあんずちゃんはぼくの名前を考える。

ミニチュアダックスフンドと何回か声に出して、悩みに悩んだ結果、


「ピンときた。ミニチュアダックスフンドの間をとってダックスにしよう」


ぼくの名前はダックスに決まったようです。














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