第29話
「あれ、今日は博也一人で残ってるんだ。歩美ちゃんは?」
「歩美はバイトだ。人手が足りないから来て欲しいって頼まれたんだとさ」
歩美のバイト先はカワジというドラッグストアで、食品も売っているスーパーみたいな店だ。
自宅マンションから歩きで十分くらいのところにある。
店員は大人ばかりで高校生は他にいない。優しい人ばかりのアットホームなところ。
女性恐怖症の歩美にはまさに打って付けと言えるだろう。
福田店長に歩美を採用した理由を聞いてみたら、ありえないくらい美人だったからと包み隠さずに教えてくれた。
「てなわけで、俺は一人寂しく残って、ギリギリ歩美に頼らなくても進められそうなデッサンをやってる」
「やっぱりヘタ。才能が欠けらも無い」
「言われなくたってヘタなのは自分でわかってるよ」
ヘタっちゃヘタだが、これでも日々上手くなろうと努力してるんだぜ。
そうだ。上達したら降旗のデッサンでも描いてやるか。
絶対に断られるだろうけど。
「杉並さんもいないんだ。そう言えば放課後残ってるの見たことないかも」
「ああ……あいつは課題よりもバイトバイトの毎日だからな。課題の方はバイトの休憩時間とか暇ができたときにちょびちょび進めてんじゃね?」
知らんけど、きっとそんな感じだろう。そうでもしなきゃ終わらない。
今のところアイツが美術デザイン関係で赤点を取った様子はないな。
美術デザイン科を好んで選んだだけあって、こっちの才能はそれなりにあるって証明だな。
クラスメイトとの実力差に俺だけが焦ってばかりいる。
「バイトいっぱいしてるんだ。お金に困ってるの?」
「尋常じゃないくらい困ってるな」
歩美が毎日弁当作ってやんなきゃならないくらいには食いもんに困ってる。
降旗が持ってくる差し入れも、あいつにとってはどのタイミングで食べようか悩みどころだろう。
夜食べる物が確保できなかったときとか非常に助かりそうだし。
「三日間くらい何も食べないと、気持ち悪くなって吐きそうになるらしいぞ。想像を絶するよな」
「あー……それは考えたくないなー……」
三日間くらいなら楽勝に感じるが、案外そうでもないみたいだ。
人それぞれで限界は違うと俺は思うが……経験者は語るってやつかな。
「ところで降旗は何しにここへ?」
一応聞いてみた。
まあ、聞くまでもなく暇になったから遊びに来ただけだろう。
「みんなにおやつ持ってきたんだけど、誰もいないし必要なかったね。がっかり」
「ちょっと待て。そのみんなの中に当然俺は含まれてるんだよな?なんなら俺が全部食ってやってもいいんだぞ」
「ダメ。博也だけは有料。ギブアンドテイクで」
何故だか今日の降旗さんは頑なだ。
食べ物が入った四角い入れ物を俺に取られないよう後ろに隠した。
「ひでぇ……どうして俺だけそんな扱いなんだよ」
「だって、こうでもしないと博也の髪を楽しめる機会が減るでしょ」
「おまえ今日の昼休みめちゃくちゃ楽しんでたよね。忘れたとは言わせねぇぞ」
昼休みにこれでもかというほど触ってたくせに、まだ触り足りないのかよ!?
「——まあ、冗談はこのくらいにして」
「だ、だよな……まったく、冗談キツイぜ」
「博也が全部食べていいよ」
降旗がおやつと言っていた食べ物の正体はおいなりさんだった。
たしかに甘い味付けがそれっぽいけども、カテゴリー的にこれはおやつに含まれるのか?
「博也、あたしいいこと思いついた」
「なんだよ……俺は何故か嫌な予感がぷんぷんするんだが?」
「これ、杉並さんに持っていってあげたらいいんじゃない?」
言うと思った。
それ、話の流れ的に絶対に言うと思ったわ。
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