第14話
俺と歩美は今日も今日とて、課題を片付けるためデザイン棟に居残っていた。
まあ基本、歩美は俺の課題の手伝いで一緒に残っているだけなのだが。
美術デザイン科ってのは課題の量が異常に多い。
絵描いたり、粘土こねたり、製図したり、パソコンいじったり、やたらと習う種類が広いのだ。
義務教育9年間まじめに勉強してこなかった俺には、そのどれもこれもが高度だったりする。
今日はデザイン棟2階の教室にやってきて、嫌々筆を握って油絵を描いている。
花ならなんでも構わないと言う教師の言葉通り、各自がそれぞれ好んだ花を用意して筆を走らせているわけだが、俺は歩美が花瓶に生けた花を一緒に使わせてもらっている。
下書きが終わって、やっと絵の具を塗る段階に移れたところだ。
描くのが難しかった花はかわりに歩美に描いてもらった。
「二人してなにやってんの?」
「見りゃわかるだろ。絵を描いてるんだよ、絵の具でな」
俺が使いたい色を生成するため絵の具と絵の具を混ぜていたそんな中、降旗が教室の中に入ってきて背後から惨めな絵を覗き込んできた。
美術デザイン科の生徒以外は基本立ち入り禁止の場所に、お構いなく出入りする胆力は流石と言えよう。
今回が初めてじゃないし、最早手慣れたもんだ。教師連中が放課後にほとんど顔を出さないから、バレたことが一度もない。
「杏子ちゃんも放課後残ってたんだ」
「うん。調理科のテストでオムレツ作んなきゃなんだけど、これがけっこう難しくて……だからいま練習中。失敗した玉子、博也に持ってきた」
振り返ってみると、降旗の手には黒一色のフライパンが握られている。
その上には、一口大にカットされた黄色い玉子が何個ものっていた。
どれだけ失敗したんだろうな。オムレツになれなかった卵達が可愛そう。
「そうやって何か練習するたび、俺に残飯処理を押し付けに来るのはそろそろ止めにしないか?」
「博也の癖にあたしのお願いを断るとか生意気。放課後だしお腹空いてるよね。捨てるの勿体無いから食べよう。ほらほら、口開けてごらん。あーんってやつしてあげるから」
そう言って、降旗が半ば強引にフォークで刺した玉子を俺の口元に近づけて来る。
「ちょっと待て。それはさすがに恥ずい。自分で食うからフォーク貸してくれ」
歩美になら別に見られても平気だが、今日は別の生徒も居残っていて人目が気になる。
それに、美術デザインの二年や三年に降旗に思いを寄せているやつがいるかもしれない。非常に危険だ。
多少不満はあったが、いつも降旗には何かしら美味いもんをごちそうになっているし、これくらいのことで力になれるならお安い御用だ。
「……甘くない。俺は玉子焼きなら甘いほうが好みだぞ」
「厚焼き玉子じゃないんだから……それに、練習用だから味付けなんてしてない。ケチャップなら一応持ってきたけど」
「ケチャップか。たんまり頼む」
俺が言ったとおり、降旗は持参したケチャップを玉子の上に多めにかけてくれた。
味が食べやすく変化したところで、二口目三口目とどんどん口の中に放り込んでいく。
———うん。
やっぱりケチャップかけた方が何十倍もうまいわ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます